遺伝子組換え作物危険説
言説の一般的概念や通念の説明
語句説明
本項では、データの面では遺伝子組換え作物に関するメタ分析/システマティックレビュー2を主に参考にし、食品としての安全性、生態系への影響、経済的な効果などの観点から科学性を評定する。また、日本における状況を中心的に扱い、対立を俯瞰する。なお本項では、農業従事者に対する農薬の悪影響や認可政策の不備など、危険説に付随して指摘される諸問題については対象外である。
遺伝子組換え作物とは、「ある生物種から特定の遺伝子を取り出し、別の生物種に導入する。これを農作物の品種改良に応用して生育された作物」である1。他に、「遺伝子組み換え作物」「遺伝子組換作物」「GMO」などと表記されることがあるが、本項目では「遺伝子組換え作物」の表記で統一する。
遺伝子が導入された作物はもともと持っていなかったタンパク質を生成し、その働きによって新しい形質を獲得する。新しい形質とはたとえば、「害虫に対する抵抗性」「除草剤に対する抵抗性」「特定の栄養成分に優れる」などである。一般に「害虫に強い」や「除草剤耐性がある」機能の遺伝子組換え作物を第一世代といい、「栄養価が高い」作物を第二世代遺伝子組換え作物という。
本項目では、「遺伝子組換え作物は従来の品種改良作物と比較して危険である」との主張に対して評定を行う1。これまで多方面から議論が交わされてきた遺伝子組換え作物であるが、その応用である食品等が一般家庭にも普及するようになった1990年代後半から2000年代初頭にかけて、その社会的導入に関して激しい論争となってきた2。遺伝子組換え作物の危険性を訴える主張は現在に至るまでかなりの影響力をもっており、科学的な議論の必要性がある事例といえる。
- 1:意味的に本項では、反対論、慎重論も含んでいる。
- 2:メタ分析/システマティックレビューとは、質の高い科学的根拠を提供する研究手法である。特に医学分野では、最もエビデンスの高いデータとして重要視されている。より詳しいメタ分析の説明についてはこちらを参照されたい。
評定早見表
効果の作用機序を説明する理論の観点
理論の論理性 D(低~中)
遺伝子組換え作物が危険であるとの説では、大きく次のような論点が挙げられている。(ⅰ)食品としての安全性、(ⅱ)生態系に対する悪影響、(ⅲ)少数の巨大企業による農業支配である。ここでは、この論点別に論理性を評定する。
(ⅰ)食品としての安全性
遺伝子組換え作物危険説では、繰り返し安全性が確かめられているとする現在の検証に対して、「長期間にわたる安全性は確かめられていない」などの批判を展開している3。前者については、危険説の主張する「長期間」の具体的な範囲が不明瞭であるとの問題がある。実際、社会的に導入された当初と20年近くたった現在で同じ主張が延々と繰り返されており4、その間も重大な健康被害は一切報告されていない3ため、論理的な主張が展開されているとはいえない。後者については、遺伝子組換え作物の安全性を評価する際に用いられる「実質的同等性」の概念に紐づけて考えてみたい。
実質的同等性とは、遺伝子組換え作物(食品)の安全性を評価するために既存の作物を比較対象として用いるという評価方法の概念的枠組みである5。簡単にいうと、「遺伝子組換え作物において、遺伝子組換えを行った成分以外の成分が非遺伝子組換えである同一の作物成分と変わりなければ、その部分については両者は同等である」とみなす考え方であり、組換えた成分については別途安全性の試験が行われる。これは、遺伝子組換えでない農作物にももともと毒性があり、栽培方法や気候などによって性質も変化するため、単純な比較が困難であるとの理由に基づく考え方である6。一方、この概念に対して「遺伝子を組換えた作物をそのまま食べないと意味がない」などの批判が展開されることがある7が、これは筋が通らない。
繰り返すが、実質的同等性は、遺伝子を組換えられた成分の安全性は別途検証し、それ以外の成分は既存の作物で評価するという考え方である。たとえば、組換えられた遺伝子からつくられるタンパク質がアレルギー反応を引き起こすかどうかはきちんとチェックされるため、「そのまま食べなければ意味がない」とする理由に乏しいといえる。
危険説ではおそらく、組換えられた遺伝子の挿入によって未知の物質が作られるのではないかといった相互作用や、長期間の摂取による体内への蓄積などを不安視している8と思われるが、実質的同等性の基準ではこうした観点も評価される9。そもそもタンパク質は体内に入ると消化されるため、「蓄積するのではないか」という懸念は誤った理解に基づく主張である。
遺伝子組換え作物に対する過剰な安全性の要求の背景には、「従来の作物(食品)の安全性は確たる科学的根拠によって確認されてきた」との認識が推定できる。しかし実際は、こうした食の安全性は経験の蓄積によって確かめられているにすぎず、しかもほとんどの作物は品種改良によって大きく改変されているため、厳密にいえば「安全性が確かめられていないまま食べられ続けている」とさえいえる6。従来の農作物よりもかなり厳しい基準によって安全性が確かめられているため、遺伝子組換え作物は従来のものよりも安全であるともいえるのだが、危険説、反対説ではこうした事実を踏まえておらず、論理的な主張とはいえない。
(ⅱ)生態系に対する悪影響
生態系への悪影響を問題視する主張である。ここでは、「(正・負両面の影響として)生態系が変化することは既存の農業でもみられる現象であり、遺伝子組換え作物に特有のものでない」という農業に関する基本的事実を超えるだけの論理が展開されなければならい。つまり、遺伝子組換え作物が従来の農業と比較して無視できない生態系への悪影響があることを、理論として示す必要がある。しかし現状、どのように生態系に悪影響を及ぼすのかといった具体的な理論はみられず、そうしたデータも得られていない(再現性で詳しく述べる)。反対に、「非遺伝子組換え作物は環境問題をおこさない」といった誤った理解によってこうした否定的な認識に至っていることがメタ分析研究の結果示唆されており10、そうした面からも論理性を高く評価はできない。
この観点に関しては、「害虫抵抗性のある遺伝子組換えトウモロコシの花粉を大量に摂取した(害虫でない)オオカバマダラの幼虫が死んだ」といった研究知見に基づく主張が展開されることがある。しかしこれは、花粉を大量に摂取するという「実験状況」に起因するものであり、その後の複数の研究から、自然環境でのオオカバマダラへの悪影響は無視できる、との見解に落ち着いている。「生態系」といったような、個体ではなく個体群としてみる場合、そのリスクは小さくて問題にならないとの結論である11。
関連して、除草剤耐性のある遺伝子組換え作物を作り続けることによって、除草剤に強い雑草が出現することを懸念する意見もある。確かにこれは問題となっている12が、これも、従来の農業においても普通にみられる現象であって、遺伝子組換え作物に固有のものではない。永久に使える技術はそもそも存在せず12、そのために現在も多くの作物で品種改良が行われているのだという事実を危険説は踏まえていないことが指摘できる。
(ⅲ)少数の巨大企業による農業支配
遺伝子組換え作物の推進によって、少数の巨大企業(いわゆる穀物メジャーなど)による種子の独占、あるいは農業支配が起こるとする主張である。この種の主張では、一部の大企業による利益の吸い上げによって、末端の小規模農家が不利益を被る可能性を懸念している。たとえば、カナダのナタネ生産者であるパーシー・シュマイザー氏の事例がよく語られる13。シュマイザー氏は、遺伝子組換え作物の種子を許可なく栽培したとして、モンサント社より特許侵害で訴えられた。しかし、遺伝子組換え作物が自分の農場に生えたのは意図せざる偶然であり、自ら栽培したものではないとシュマイザー氏は主張した。モンサント社による不当な要求であるとし、こうした巨大企業の問題について積極的に批判を繰り返した。
シュマイザー氏の主張だけ聞けば、風などによって偶然運ばれた種子が成長しただけであり、モンサント社の訴えは不当であるとイメージしうる。しかし実際は、カナダ連邦裁判所、カナダ連邦控訴裁判所、カナダ最高裁判所のすべてがモンサント社の勝訴と判決しており、シュマイザー氏の主張を批判している。なぜなら、シュマイザー氏の農場の実に95%~98%が問題の遺伝子組換え種子によって栽培されており、これを「意図せざる偶然の産物」と考える合理的な理由はないと判断されたからである。
シュマイザー氏の主張のように、大企業による産業支配を不安視する声は大きい。しかし、実際は基本的に事実誤認であるうえに遺伝子組換え作物のみの問題とみなしている点で論理性は低い。加えて、遺伝子組換え作物に対する規制の要求を突き詰めていくと、巨大企業にしか対応できないというジレンマが、皮肉なことに指摘されている14。規制に十分に応えられるのは、巨大な資本のある企業だからである。つまり極端にいえば、小規模農家に不利益をもたらしているのは実は危険説であるともいえるが、こうした疑問に対する論理的な説明は皆無である。
以上のように、遺伝子組換え作物危険説は全般にわたって論理性が低く、根拠に乏しいと判断できる。
- 3:逆に、「長期的な影響も含めて有害を示す根拠はない」との報告が2016年、米国科学アカデミーより出されている(再現性の項目で述べる)。
理論の体系性 E(低)
遺伝子組換え作物が危険であるとする説では、「遺伝子組換え作物は未知で、人間の手に負えないものである」と強く認識しているようである15。この認識の背景には、我々の食する農作物は自然のままで生育されてきたという思いや、従来の品種改良とは異なり、「種の壁」を越えて遺伝子を直接組み入れることに対する抵抗感16があるように見受けられる。しかし、こうした素朴な直感は、現在の農作物に関する基本的な事実と異なっている。
そもそも、現在我々が食べている農作物の多くは、非常に長い時間をかけて品種改良を行った結果の産物である12。もともとの野生種は食用に向かず、毒性も強いため、人間にとって有用となるような改良を施す必要があるからである。農耕が始まったのは約一万年前と考えられているが、それ以降現在まで、人間のために少しずつ改良を重ねてきたものが我々の口に入っている。キャベツ、カリフラワー、ブロッコリーが同じ野生種を起源にもつ17ように、「自然のままで」「手を加えられたことのない」農作物は存在しないのである12。
こうした事実を踏まえると、危険説を訴える背景構造に、ある種の自然信奉が見えてくる。これは、「遺伝子組換え作物は種の壁を超えており、自然の摂理に反する」などの意見でも同様である。種という概念は人間が定義したものであり、自然界でもほかの生物に遺伝子が移動することは普通にある4。こうした遺伝子の移動が生物の進化をもたらしており、遺伝子組換え作物に特有の事象ではないのである。
危険説の背景にある「神の領域」「自然の摂理」といった認識は、それ自体の線引きが非常に難しいということを踏まえていない。農業に関する基本的な考え方とは異なった主張だといえ、体系性は低いといえる。
- 4:特にバクテリアで頻繁に見られる。
理論の普遍性 E(低)
危険説が訴えるような問題がもし遺伝子組換え作物にあるならば、社会的導入から20年近く経過している現在において、すでにさまざまな問題が表出しているはずである。組換え作物の栽培面積は年々爆発的に増えており、直接的・間接的にでもこれを食したことのない人間は、少なくとも(日本を含めた)先進国にはほとんどいないと思われるからである。
しかし、実際に何らかの重大な有害性を示した事例はなく(データの観点で詳しく述べる)、主張(理論)と実態(データ)の不一致が指摘できる。危険であるかのように見せかけているだけで、根拠を伴う普遍的な理論として成立していない。
実証的効果を示すデータの観点
データの再現性 E(低)
科学的データとしてここでは、遺伝子組換え作物に関するメタ分析/システマティックレビューに基づいて評定する。
今回は、医学・生命科学分野に強い検索エンジンであるPubMedを用いて、メタ分析およびシステマティックレビューを調査した(2018.7.26実施)。重複文献を除いた56の文献のタイトル、Abstract、本文を閲覧し、スペイン語で書かれた文献(N=1)、研究方法がメタ分析およびシステマティックレビューでなかった文献(N=10)、研究対象や主題が遺伝子組換え作物でない文献(N=25)を除外した。最終的に残った20件の文献を研究内容別に分類すると下表1のようになった。
研究内容 | 件数 | 文献情報 |
---|---|---|
生態系への影響 | 6件 | (Marvier, et al. 2017)(Yaqoob, et al. 2016)(Comas, et al. 2014)(Dang, et al. 2017)(Duan, et al. 2010)(Wolfenbarger, et al. 2008) |
安全性 | 5件 | (Snell, et al. 2012)(Zdziarski, et al. 2014)(Duan, et al. 2008)(Dunn, et al. 2017)(Joshi, et al. 2016) |
経済的な効果 | 3件 | (De Steur, et al. 2017)(Lacey 2002)(Klümper and Qaim 2014) |
その他 | 6件 | (Sebastian-Ponce, et al. 2014)(Royal Society of Canada 2001)(Pelletier 2005)(吉松ら 2012)(Vince, et al. 2018)(Chao and Krewski 2008) |
【生態系への影響】
遺伝子組換え作物による生態系への影響について分析している研究は6件であった。ここでいう生態系への影響とは、害虫耐性のある遺伝子組換え作物によって、本来標的としていない有益な昆虫や土壌内に住む微生物などに対して副次的に悪影響を及ぼすことを意味する。
まず、Marvierら(2007)は42報の野外実験に基づくメタ分析から、代表的な遺伝子組換え作物であるBt5綿およびBtトウモロコシの農場において、殺虫剤で管理された農場よりも生態系が豊富であることを示した。ただし、殺虫剤を含まない対照農場と比較すると、一部の非標的生物群はあまり豊富ではないとした。同様にWolfenbarger ら(2008)も、殺虫剤の使用と比較を行い、Bt綿、BtトウモロコシおよびBtジャガイモによる非標的生物に対する影響はない結論付けた。
さらにComasら(2014)は、Btトウモロコシについて、スペインで実施された独立して精度の高い13報の統計データを基にメタ分析を行った。その結果、Btトウモロコシが、南ヨーロッパのトウモロコシ生態系に見られる最も一般的な草食動物、捕食動物および寄生虫節足動物に影響を与えないと結論づけた。
過去20年間に発表された合計76報の研究を網羅的に調査したYaqoobら(2014)は、遺伝子組換え作物が生物の多様性や非標的生物に対する重大な悪影響を及ぼす根拠はないと結論づけた。
【安全性】
安全性について評価した文献は5件だった。Dunnら(2008)は、遺伝子組換え作物によるアレルギー誘発作用について、これまでに発表された83報の研究を評価し、組換え作物がアレルギーを引き起こす根拠はないとした。
またSnellら(2012)は、遺伝子組換え作物を使った飼料による動物への健康影響について調査し、合計24報の研究を基に評価した。24報中、12報は長期間摂取した場合のデータで、残りの12報は多世代にわたる影響を調べたデータである。調査の結果、いかなる有害性も示されていないと結論づけた。
安全性については他に、ミツバチへの影響(Duan, et al. 2008)やラットの消化管への影響(Dunn, et al. 2017)、免疫アジュバンド効果(Joshi, et al. 2016)を指標として調べたメタ分析研究があり、それぞれ有害性を示す根拠はないとの結論である。
【経済的な効果】
経済的な効果を報告した研究は3件であった。たとえばKlümperら(2014)は、計147報の研究データを基にメタ分析した。遺伝子組換え作物を使用した場合、使用していない場合と比較して生産量が約22%、農家の利益が約68%増え、反対に、農薬使用量は約37%、農薬に支払うコストが約39%減るという結果だった。
【その他】
遺伝子組換え作物に対するカナダ政府ガイドラインは表1中の「その他」に分類した。また、遺伝子組換え作物の評価枠組み自体に対する提案を行った研究も3件あった。研究の性質上、直接的に遺伝子組換え作物の評価に結び付くわけではないが、これらの文献でも組換え作物に何らかの有害性があるとは示されていなかった。
「その他」に分類した研究の中で、興味深いSebastian-Ponceら(2014)の研究では、遺伝子組換え作物に対する消費者の意識について調査している。そこでは、組換え作物に対する消費者の否定的な認識は、「遺伝子組換えでない通常の作物は環境問題を引き起こさない」という誤った考えによってもたらされている可能性を指摘した。さらに、いくつかの研究で消費者は遺伝子組換え作物の消費量を過小評価しているとし、消費者の知識不足に起因する問題があると分析した。
これらの研究に加えて米国科学アカデミーは2016年、過去20年間にわたる約900件の研究成果を分析し、「長期間の影響も含め、人体に害を及ぼす証拠はない」と結論付けた18。さらに、我が国の厚生労働省は「食品としての安全性が確認された農作物、食品のみが市場で販売されている」とし、有害物質を作る危険性はないとしている19。
なお、今回調査した20件の文献において、遺伝子組換え作物に重大な悪影響があるといったメタ分析データ、またはそうした評価が下された研究は一つもなかった。科学的根拠の高い手法で有害性を示している研究はなく、再現性は低評価とする。
- 5:Bacillus thuringiensis(Bt)の略である。Bt○○(作物名)といった場合、害虫に対する毒素(Btタンパク質)をつくる遺伝子を挿入した作物を意味する。
データの客観性 E(低)
再現性で記載した20件のメタ分析/システマティックレビューの客観性は高い。一方で、遺伝子組換え作物に関する危険性を主張した研究もこれまでにいくつか発表されている。ただし、これらはすべて研究の質が低かったり、研究手法に疑問がもたれたりといった問題になっている。以下に、代表的な研究とそれに対する批判をいくつか紹介する。
まず、「ラットに組換えジャガイモを食べさせたところ免疫力が低下した」との報告がある20。しかし、この研究に対しては分析が不十分であることや、実験手法がずさんであるとの評価が政府機関によって下されている5。
同じく、「遺伝子組換えダイズを食べたラットから生まれた子ラットは死亡率が高く成長も遅い」との実験もある21。しかし、この研究は再現性が疑問視されており、英国食品基準庁ら複数の機関による検証から「この実験からはいかなる結論も導き出すことはできない」と指摘されている22。
さらに、「ラットに遺伝子組換えトウモロコシを与えたところ発がん性が示唆された」とする研究も発表されている23。しかし、この研究は研究手法の不備が指摘され論文取り消しになった24。その後別雑誌にて掲載されたが内容はほとんど変わっておらず、先の批判は解決されていない。
以上のように、客観性の高い研究では遺伝子組換え作物の有害性を示す根拠はないとし、研究手法が疑問視されている研究のみが危険性を訴えている構図がある。そのため、客観性も低評価とする。
データと理論の双方からの観点
データ収集の理論的妥当性 E(低)
「再現性」で取り上げたメタ分析研究によると、遺伝子組換え作物の安全性は繰り返し検証されており、有害性、危険性を示す根拠はないと考えられる。一方、「客観性」で記載した危険性を訴える研究については、それぞれデータの妥当性にも疑問がもたれている。ここでは、客観性で取り上げた3件の研究について、具体的にどのような点が問題なのか述べながら、妥当性を評価する。
①いわゆるパズタイ論文について(R. Horton 1999)……
1998年に英国の研究者であるパズダイ博士が「レクチン遺伝子を導入した組換えジャガイモをラットに食べさせる実験を行ったところ、ラットに免疫力の低下がみられた」とテレビ番組で発言した。これをきっかけに「遺伝子組換えジャガイモを食べると免疫力が落ちるのではないか」といった不安説が日本に広まった。
この研究に対しては、英国食品基準局、日本の厚生労働省などによって多くの不備が指摘されている。主な問題点は以下の通りである25。
また、以上の批判に関して、パズタイ博士自身も実験設計の不備や統計分析の不十分性を認めている25。
②エルマコバ論文について(I. Ermakova 2006)……
ロシアの研究者イリーナ・エルマコバ博士が2005年、「除草剤耐性の遺伝子組み換えダイズをラットに食べさせたところ、生まれた仔ラットは生後3週間で過半数(55.6%)が死亡し、成長も遅かった」と発表した26。「通常の飼料を与えた場合(死亡率6.8%)や、非遺伝子組換えダイズを与えた場合(死亡率9%)と比べて、ラットの死亡率が高まった」として、遺伝子組換えダイズによる重大な悪影響を懸念する声が広まった26。
この研究に対しては、実験の条件に不明瞭な点が多すぎるため、多くの研究者、専門機関からデータが疑問視されている。代表的な疑問は以下の通りである。
英国食品基準庁、日本の厚生労働省、農林水産省などによってこうした問題点が指摘されており、信頼できる研究結果ではないとみなされている。
③セラリーニ論文について(G.E. Séralini, et al. 2012)……
2012年、フランスの研究者セラリーニ氏らのグループが、遺伝子組換えトウモロコシをラットに与えるとがんが増えた、との論文を発表した。当該論文にはたとえば、「遺伝子組換えトウモロコシを11%、22%、33%混ぜたエサをラットに2年間食べさせたところ、メスの死亡率は通常のエサを与えた対照群の2~3倍で、死亡時期も早かった。また、対照群より高い割合で早期に乳がんが発生した。オスでは肝臓と腎臓の障害の割合が多かった」との記述がある27。
この論文に対しても、多くの研究者から問題が指摘された。主な問題点は以下の通りである。
セラリーニ氏らのこの研究は一度は掲載されたものの、多くの科学者からの批判を受けて論文取り下げとなった。その後、別雑誌にて掲載されたが、ほとんど内容は変わっておらず、先の問題点も解消されていないようである。
以上のように、遺伝子組換え作物の危険性、有害性を主張している主要な研究には、客観性だけでなく妥当性の観点からも大きな問題がある。
- 6:実際に当該実験でも、通常のエサを食べさせた10匹中5匹に乳がんが発症しており、これは遺伝子組換え作物を食べさせてがんを発症した7~8匹と比較して偶然変動の範囲内である、との批判である。
- 7:セラリーニ氏らの研究では、乳がんのできた実験用ラットに何らかの処置を行うことなく死ぬまでそのまま放置している。
理論によるデータ予測性 E(低)
食品に関していえば、たとえば、遺伝子組換え作物を多く含む食品を「どのような人がどの程度食べるとどのくらいの有害性があるか」が検証される必要がある。しかし、メタ分析の結果をみるとこうした有害性は否定され、安全であるとのデータが蓄積されている。危険説の主張は飛躍した類推に過ぎず、理論とデータの検証サイクルが構築されていないため予測性は低評価である。
社会的観点
社会での公共性 D(低~中)
まず、遺伝子組換え技術が実用段階に至ったのは1970年代である。加工したDNAによって大腸菌の性質を変えることに成功し(1973年)、注目を集めた。続く1974年には「アシロマ会議」が米国カリフォルニアで開かれ、遺伝子組換え技術の国際的な運用のルールが確認された。その後、およそ20年かけて、一般社会への導入に向けた実証研究が行われた。
環境への影響については、日本では2004年に施行された「カルタヘナ法」によって規制されている6。これは、カルタヘナ議定書という国際的な枠組みに基づき定められており、検討される観点は主に、①生育の方法が従来と変わりないか、②交雑による悪影響はないか、③雑草化はしないか、④ほかの生物の生育への悪影響はないか、⑤新たな有害物質産出による悪影響はないか、である。
以上に加えて、食品としての安全性は「食品衛生法」、飼料としての安全性は「飼料安全法」によって審査、評価されている28。
一方で、いわゆる反対論、慎重論によって発展した手法もある。IPハンドリングと呼ばれる検証方法である。
IPハンドリング(Identity Preserved Handling)は、種子の選定から生産、流通、製造に至るまで分別管理するという管理システムであり、この手続きを経ることにより「遺伝子組換えでない」表示を行うことができる29。「消費者の選ぶ権利」の議論からこの手法は発展・普及してきたと考えられており30、その意味で反対論、慎重論の貢献も評価できる。ただしこれには、「遺伝子組換えでない」という表示が魅力的になっているという、反対論が自ら作り出した社会事情が背景にあるため、評価は割り引く必要がある。
遺伝子組換え作物に関する社会的枠組みには、おおまかに以上のものがあり、かなり厳密な規定が定められているといえる。反対に、IPハンドリングの例を評価したとしても、危険説の公共性は低い。
議論の歴史性 D(低~中)
アシロマ会議に代表されるように、遺伝子組換え技術は研究者らの自制によってかなり慎重に進められてきた。かなり厳密な議論を繰り返し行っており、そうした試みによって国際的な枠組みが定められてきたといえる。
一方否定的な議論では、農業に関する基本的な理解が誤っていたり、組換え作物に関する実態を誤認したまま批判が進められる傾向にあり、十分な議論の土壌が整っているとはいえない。これはたとえば、遺伝子組換え作物の消費量を過小に見積もっていること10、「生態系の変化は現在の農業でも普通に見られる現象である」との説明に対して「遺伝子組換え作物以外の話をしている」と論点すり替えを訴えたりすること3、などに顕著に表出しており、表面的な議論にのみ終始してきたことが指摘できる。
社会への応用性 E(低)
危険説には理論とデータの両面から疑問があり、こうした説の広まりにメリットを見出すことは難しい。消費者の権利の観点から、遺伝子組換えでない作物を選ぶ権利を強く要求する主張もあるが31、これにも問題がある。
たとえば、遺伝子組換え作物に関する表示にしても、むしろ「遺伝子組換え作物を使用していない」という表示自体が不信感を増長させているとの社会調査の結果がある32。消費者の要求によって形成された表示制度が、逆に不安感情を想起させる元凶となっているといえる。危険性、有害性を示す根拠がないのであれば、こうした主張を展開することが社会的にどのように意義があるのか疑問である。事実に基づかず、いたずらに不安を喚起しているだけならば、社会運動としても問題だろう。
総評 疑似科学
遺伝子組換え作物が従来の品種改良作物に比較して「危険である」「有害である」と示す十分な科学的根拠はない。これまでの科学的知見は遺伝子組換え作物に肯定的な結果をもたらしており、反対論を支持する積極的な根拠はもはや見出せない。組換え技術が運用されて40年以上経ち、社会的にもこの20年問題なく使用されている現状をかんがみると、この論争における科学的な決着が見えているといえる。
ではなぜ、遺伝子組換え作物に関する対立は収束しないのだろうか。
大きな問題は、マスメディアによる両論併記の弊害である。組換え作物に関する記事(ニュース)を書く場合、否定的な意見も併記する慣習が報道機関にはあるようで12、これによって大半の研究者が「遺伝子組換え作物は安全である」と考えているのに、まるで両者の意見が拮抗しているかのように読者に伝わってしまうのである。そうした結果として、「専門家ですら意見が分かれているから、安全かどうかまだわからない」といった一般市民の意見が構築されている可能性が指摘できるだろう。
また、人間の思考バイアスを考慮したコミュニケーションの方向性も提案できる。かつて日本では、遺伝子組換え作物を「全く新しい未知の作物」として売り出した傾向があったようだが33、これが現在の失敗の根本であるとも思われるのである。往々にして「未知」なものは「不安」であり、それが「危険」に変換されるのも容易なのである。
ちなみに、遺伝子組換え作物の栽培は急速に世界中に広がっており、1996年には170万haであった栽培面積が2014年には1億8000万haとなっている2。国別にみると米国、ブラジル、アルゼンチンの順に多く、大豆、トウモロコシ、綿実、なたねが主要4品目となっており、これら4品目の世界総栽培面積における割合は、大豆77%、綿実49%、とうもろこし29%、なたね21%である1。これほどまでに広がっている遺伝子組換え作物について、今一度よく理解し、冷静な議論が行われる必要がある。
参考文献/関連文献
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- 松永和紀「セラリーニ氏の「遺伝子組換えに発がん性」論文が取り下げ」(2017年12月15日アクセス).※現在はリンク切れ
- バイテク情報普及会「よくある質問~検証編―遺伝子組み換えジャガイモを・・」(2018年8月26日アクセス).
- バイテク情報普及会「よくある質問~検証編―遺伝子組み換えダイズを食べた・」(2018年8月26日アクセス).
- 唐木英明(2015)「発がん性試験の不備」『誤解だらけの遺伝子組み換え作物』小島正美編、エネルギーフォーラム、pp.65-69.
- 農林水産省「生物多様性と遺伝子組換え(基礎情報)」(2018年8月26日アクセス).
- 横浜市衛生研究所「遺伝子組換え食品の表示」(2018年8月27日アクセス).
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- バイテク情報普及会(2016)「遺伝子組換え食品に対する消費者の意識調査~2015年度調査結果」(閲覧日:2017年11月15日)
- 食品表示問題懇談会、農林水産省食品流通局(2000)『食品表示問題懇談会遺伝子組換え食品部会の記録』農林水産省食品流通局品質課.