磁石磁気治療
言説の一般的概念や通念の説明
語句説明
本項では、磁気ネックレスや永久磁石による健康効果(主にコリ低減効果)について評定する。これは、皮膚上に貼付することで磁場により患部の血行が促進され、コリを低減できるという説である。なお、本項では基本的に「永久磁石」を用いた磁気治療を評定対象とし、交流磁界による磁気治療器については対象外とする。交流磁気治療器と永久磁気治療器には大きく以下のような違いがあるとされる(表1)。
永久磁石磁気治療器 | 交流磁気治療器 | |
---|---|---|
使用方法 | 電源不要 肌(ツボ等)に直接あてる | 家庭用電源(交流)が必要 服等を着用し使用要 |
磁極の働き(S・N極) | 変わらない | 変わる |
起電力 | 磁力内を血液が流れるときに起きる | 血液の流れに関係なく起きる |
効果の範囲 | 狭い | 広い |
磁力線の範囲 | 小範囲 | 広範囲 |
熱の発生 | 熱の発生なし | ジュール熱の発生 |
評定早見表
効果の作用機序を説明する理論の観点
理論の論理性 C(中)
理論の体系性 D(低~中)
現在、家庭用として販売されている永久磁石磁気治療器やその研究(後述)では表面磁束密度200ミリテスラ程度のものがほとんどである。これはたとえば、MRI機器などの1テスラ~3テスラと比べると非常に小さい磁力であり(日本の地磁気はおおよそ45マイクロテスラであり、それぞれの単位を比較すると、1マイクロテスラ×1000倍⇒1ミリテスラ×1000倍⇒1テスラとなる)、たとえ患部に限定的に作用したとしても、このような小さな磁力でコリを低減するほどの血流改善が生じるという説明は、他の知見との体系性という意味でやや弱いと思われる1。
理論の普遍性 D(低~中)
肩こり、腰痛の原因は多様であり、精密な検査を行っても解剖学的に原因が見つからない場合がある。精神的な要因によって肩や腰に痛みが生じることもあり3、磁気治療の主要メカニズムである血行改善がコリ軽減につながらない場合は大いにある。そもそも、血行不良が生じる背景にも複数の要因(運動不足やストレスなど)が考えられるため、磁気治療の主要理論によって得られる効果も限定的かつ対症療法的なものにならざるを得ない。
実証的効果を示すデータの観点
データの再現性 C(中)
日本語の医学文献データベースである医中誌webを用いて磁石磁気治療に関するランダム化比較試験(RCT)を調査したところ、重複文献や交流磁気による研究などを除く合計26件が該当した(2020.7.31調査)。以下に、その概要を示す4-29。
表2 磁気治療のRCT一覧
1980年代~2000年ごろまでに一定数のRCTが実施されてきたことがうかがえる。多くの研究は肩こりや腰痛を対象としていたが、歯の痛みに対する効果を検証した研究も1件あった。多くは一か月程度の装着による効果を測定しており、自覚症状や他覚症状の程度を段階的に評価していた。また結果を見る限り、これらの研究で用いられた磁気治療器には一定のコリ改善効果がみられたといえる。各研究でサンプルサイズは少ないものの、複数の研究で同様の効果がみられていることは評価できる。
さらにここで、①肩こりを対象としている、②装着期間が二週間~一か月までである、③盲検化され効果量1が算出可能である、という三点を基準に該当する研究を抽出し、メタ分析2を実施した。結果は下図1の通り、磁石磁気治療群において極めて顕著な改善効果がみられていることがわかる。
ただし、統合したデータにおいても合計サンプル数はそれほど多くないことは割り引く必要があり、また、いくつかの研究では被験者選定の施設が同じであるため肯定的な結果に傾きやすい被験者が選定されるなどの可能性は考えられる。
加えて、海外の研究では好ましい結果は出ていない点もマイナス点である。たとえばPittlerら(2007)では30、MEDLINEやEMBASEなどのデータベースを中心に調査した結果から、主に海外で実施されたRCT(9件)に基づきメタ分析を実施している。しかし、統計的に意味のある疼痛軽減効果はなかったとの結果であった(効果量:2.0、95%CI[-1.8、5.8]、下図2)。
ただしこのレビューでは上で取り上げたRCTのうち金井ほか(1998)は取り上げられているが、検索されたデータベースの違いから他の文献は検討対象に含まれていないため、これが決定的な結果ともいえない。このように、肯定的な結果と否定的な結果が混在しているため、再現性は中程度と評価する。
- 1:効果量とは平易には「効果の大きさ」であり,変数間の関連性の強さと方向性を表現するものである。ここでは実験群/対照群における効果あり/効果なしの割合から「オッズ比」を指標として算出している。
- 2:メタ分析は,同様の概念を測定している複数の研究データを統合する分析手法である。今回のようなRCT群を統合するメタ分析はデータの信用度が高いエビデンスとみなされている(国立がん研究センターHP)。
データの客観性 C(中)
研究対象の性質上やむを得ないとはいえ自覚症状の程度を段階評価するため一定の主観性が入り込む可能性はある。ただし、そうした影響を除外するため上に挙げたRCTの多くは「二重盲検法」で実施しており、また、複数の実験者によって効果を評価するなどの工夫が凝らされていることは評価できる。しかし、再現性で述べたように、こうした研究デザインで実施した結果「効果がなかった」とのデータも複数存在するため30、その点から中評価とする。
データと理論の双方からの観点
データ収集の理論的妥当性 C(中)
少なくとも上記RCTにおいては自覚症状の軽減などによって効果が測定されており、生理指標数値まで分析されている研究は多くはない。そのため、「血行改善」という理論面と「こり・疼痛軽減効果」というデータ面の結びつきは弱い。ただし、データの評価方法に関しては「独立した二名の評価者による評価」や「自身による自覚症状の判定と医師などによる他覚症状の判定の組み合わせ」など厳密に行われている面もあり、その点では妥当なデータが収集されているといえる。
理論によるデータ予測性 D(低~中)
これまで実施された主要な研究では対照群として10ミリテスラ程度を偽治療器として用いているため、そのくらいの磁力では人体に影響を及ぼさないであろうことが暗に示されているとはいえる。一方で200ミリテスラ程度の磁力でどの程度の症状が回復するかの見込みはやや不明瞭であり、磁力と効果の対応関係が十分とはいえない。また普遍性で述べたように肩こりや腰痛の原因は多様であり、たとえば血行改善によってどの程度のコリが軽減されるかの理論構築が実質的に難しいのも問題といえる。
社会的観点
社会での公共性 D(低~中)
現在日本では、「家庭用永久磁石磁気治療器」といった医療機器のカテゴライズがあり、そこでは「装着部位のこり及び血行の改善。一般家庭で使用する」ことが明示されている31。そうした意味で一部の製品は一定の管理下に置かれているといえ、あまりに逸脱した主張はなされにくい状況にはあるといえる。ただし研究面でいうと、1980年代~1990年代までと比較して現在の研究状況は活発とは言い難く、十分な実証データが今後も蓄積されていく見込みはやや薄いと思われる。
議論の歴史性 C(中)
調べた限り、日本における磁気治療の初期の研究成果の多くは中川恭一氏によるものであった。たとえば、1958年に実施された研究が40年後の文献でも否定意見を含めて引用されていたりと01、非常に大きな影響力であったことがうかがえる。少なくとも一定の議論の歴史はあったことが推定できる。
社会への応用性D(低~中)
現在日本では皮膚貼付型の磁石磁気治療機器がそれほど高額でないと思われる価格範囲で販売されている。データの観点で述べたような少なくない研究蓄積もあるため、ごく軽度の肩こり・腰痛に対する対症療法的な利用であれば大きな問題は生じにくいと思われる。
ただし、こうした磁気治療製品によってどの程度症状改善が期待できるかは不明であり、効果に否定的なデータもあるため、過度に信用するのは控えたほうがよい。特に、これまでの主要な研究ではごく軽度な患者のみを対象としているため、重篤な症状の場合や高額な製品の場合には他の標準的な治療法を実施すべきである。
総評 未科学~発展途上の科学
日本において、主要な磁石磁気治療研究は1980年代~1990年代に多く実施されており、それに比べて現在の研究状況は下火であるといえる。十分な研究成果が出たためこれ以上のデータ収集の必要はないと判断されている可能性もあるが、一方で効果がなかったとのデータもあるため判断は難しい。軽度のコリ症状を対象とし、かつ常識的な価格範囲であれば対症療法として試す意義はあると思われるが、重症あるいは高額製品の場合はその限りではない。特に、重篤な疾患の初期症状が肩こりなどとして表れている場合もあるため(たとえば脳卒中)、過度な信頼は禁物である。
日本の研究では有効性が示唆されているのに対し海外の研究で有効性が認められなかった理由には、測定対象の構成概念の違いが考えられる。日本語でいう「肩こり」概念はやや特殊であるため、英語圏研究において肩こりを指すとされる「Low back pain」などとは異なる構成概念を測定している可能性はあるかもしれない。端的にいうと、「コリ」と「痛み」で測定の際に何らかの差異が生じた、ということである。少なくともかつては、永久磁石療法の研究ボリュームは海外に比較して日本のほうが活発であったと推定できるため、「肩こり」という日本語概念が特殊な意味を形成しているのであれば文化的な意味での研究価値は高いと思われる。
以上のように、何らかの刺激を与えることによってコリ症状を改善するという主張自体は突飛なものではないが、これまでの実証データを見る限り、十分な効果を得るためには一定の強さの磁力の製品をそれなりの期間装着する必要があるということはいえそうである。
参考文献
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- PMDA n.d.:「家庭用永久磁石磁気治療器~医療機器基準等情報提供」(https://www.std.pmda.go.jp/scripts/stdDB/kijyun/stdDB_kijyun_resr.cgi?Sig=1&kjn_betsunum=3;kjn_no_parm=356;kjn=ninsyou&ID=1300356)