幽霊
言説の一般的概念や通念の説明
語句説明
魂が死後も存続し、浮遊して生者の世界と関わったときに、幽霊と見なされる。幽霊の目撃、霊能者による霊視、交霊会における霊界通信、心霊写真、生まれ変わりの報告、個人的な体脱体験や臨死体験などによって、幽霊の存在が主張される傾向がある。 本項では幽霊が実在するという主張に対する評定を行う。
評定早見表
効果の作用機序を説明する理論の観点
理論の論理性 E(低)
幽霊あるいは霊魂と称するものがどのような性質をもつかが仮説として確定していない。生者の意識が死後も存続するという構図には、生者の意識が薬剤の影響を受けて変化すること、死に瀕して意識が支離滅裂になることなどを考えると、死後に生前と同様の意識を持つという構図は論理的な不整合がある。
また、壁を抜ける幽霊が壁を叩いて音を出しているなどの、基本的な論理矛盾が多数ひそんでいることも問題である。その場しのぎの解釈によって説明されるため、アド・ホックな理論であることが指摘できる。
理論の体系性 E(低)
宙を浮遊する幽霊は、物理法則に反していることから、物理学との整合性が低い。一方で、魂に重さがあるなどの説もあり、幽霊の素材が物質なのかそうでないのか、物理学との関係性が不明瞭なまま放置されている。
心理学との関連においても、不整合がみられる。「我々の意識が多くの下部構造からなり、それらが身体機能と関係している」という心理学や脳科学の成果が「身体には唯一無二の魂が宿り、それが身体の死後も維持される」という幽霊仮説と接続しない。
理論の普遍性 E(低)
幽霊に関するとされる現象の説明が場当たり的であり、全体を広く説明できていない。霊能者の能力や生まれ変わり現象は、たとえば精神医学や超心理学の知見からも説明でき、わざわざ幽霊を持ち出す理由を見出せない。
実証的効果を示すデータの観点
データの再現性 D(低~中)
体脱体験や臨死体験はたびたび報告されており、ある程度の再現性はある。しかし、脳などに生理的な条件がそろったときに体験される現象として説明できる傾向が見られており、再現性がむしろ幽霊仮説の反証になる方向にある。生まれ変わりの報告事例についてはイアン・スティーブンソンらが克明な調査をしており、ある程度の再現性が見られている。ただしこれも、超心理学や精神医学から解釈可能であり、幽霊が実在することを立証するデータとはいえない。
また、幽霊仮説を利用した治療法に「前世療法」というものがある。これは、来談者に暗示をかけたうえで想像を語らせることによって、「前世」とされる物語を作成し、それにて心理的な問題を解消しようとする心理療法である。「自分の前世は勇者である」などといった認識によって自信がつくことはあり得ることで、物語による心理効果として筋は通っている。しかし、結局それは「物語による効果」であり、仮に前世療法がうまくいったからといって、前世や霊界の存在を実証しているとはいえない。
データの客観性 E(低)
霊能者による霊視や交霊会における霊界通信は、限定された薄暗い状況で報告されており客観性を見出すのが難しい。臨死体験や体脱体験は、特殊な状況にある人々の内的体験であるため、客観的データとはいえない。
データと理論の双方からの観点
データ収集の理論的妥当性 E(低)
交霊会での特異現象や心霊写真には、奇術トリックを使ったパフォーマンスや捏造が多く、データとしての妥当性が低い。幽霊の目撃報告についても、幻覚などの他の要因が疑われる。
理論によるデータ予測性 E(低)
霊能者による霊界の説明が重視される面があるが、たとえ複数の霊能者が同様の内容の霊視をしたとしても科学的な検証には使えない。霊界の説明によって、この生者の世界における何らかの経験の将来予測ができないと科学的実績にはならない。つまり、霊界がどんな所であるかが科学的に検証不能な状態であるといえる
社会的観点
社会での公共性 C(中)
ロンドンで1882年に心霊研究協会(Society for Psychical Research)が設立されて学術的な研究がスタートした。この協会によって学術論文誌も発刊され、幽霊研究はこの論文誌を中心にして研究発表がなされていた。
しかし、1930年代以降、幽霊研究は超心理学研究にとって代わられるようになった。現在の心霊研究協会は、名称はそのままで活動しているが、活動内容はほとんど超心理学研究になっている。アメリカでも「米国心霊研究協会」が設立されたが、活動は停止している。
日本でも心霊科学協会が設立されたが、科学としての研究はあまりなされていない。その点では、公共的な研究の枠組みが過去にはあったと評価できる。
議論の歴史性 E(低)
幽霊研究は1930年代以降、超心理学研究にとって代わられるようになる。現在の心霊研究協会は、名称はそのままで活動しているが、活動内容はほとんど超心理学研究になっている。アメリカでも、米国心霊研究協会が設立されたが、活動は停止している。日本でも心霊科学協会が設立されたが、科学としての研究はあまりなされていない。この事実をもって、科学的な議論が成立しない研究対象であると評定された歴史を見出せる。
社会への応用性 C(中)
死後の世界が多くの宗教思想に取り入れられ、個人の不安を取り除いたり、社会の安定を促したりする効果を形成するのに、一役かっている。その点では、役に立っているといえなくもない。しかし一方で、霊感商法やカルト宗教に利用される向きもあり、問題も指摘できる。
総評 疑似科学
幽霊研究は、かつて学術的なアプローチがとられていたが、その後行き詰った。いまだ信頼できる肯定的データはあまりないので、理論構築につなげるのが難しい。霊魂や霊界の描写については、ほとんど実証不能の物語になっている。
幽霊の存在を「感じてしまう」「視てしまう」理由として、人間の感情が深く関わっていることが進化心理学の観点から指摘できる。たとえば恐怖感情は生存に有利で、素早く過剰に働くが、同じ原理が「幽霊を視る」ことに対しても適用できる。つまり、生き残りに有利な恐怖感情の過剰な働きが幽霊の存在感を形成しているという知見である。ヒトの認知から幽霊現象は説明可能である。
現象だけを取り上げると、幽霊を持ち出さなくとも、捏造や誤認識、幻覚の類で説明可能である。本当に奇妙なものについても、超心理的現象として捉えることができる。たとえば、こっくりさんによって誰も知らないことが判明したとしても、幽霊から教わったのではなく、参加者が透視をしたとして説明可能である。
現時点では、幽霊は宗教思想にもとづく存在であり、科学的に取り組まれているものではないと評定する。
参考文献
- イアン・スティーブンソン『生まれ変わりの刻印』春秋社1998
- 石川幹人『超心理学~封印された超常現象の科学』紀伊國屋書店2012
- 石川幹人『超常現象を本気で科学する』新潮社2014