アニマルセラピー
言説の一般的概念や通念の説明
語句説明
アニマルセラピーとは、動物を介在させることによって対象者の精神的、または身体的な障害の治療の「補助」を行ったり、社会的な活動を通して対象者の生活の質の向上を目指すものである。日本での認知度は決して高いとはいえず、アニマルセラピーに対する語句にも多少の誤解(例えば、動物と子供たちが触れ合うことによって情操教育の一環とする、動物の飼育によって責任感や共感を学ぶ、盲人と盲導犬の関係、犬や猫とともに高齢者施設をボランティア訪問するものである、など)が伴っているのが実態である1 1。
こうしたある種の誤解も広義にはアニマルセラピーといえるが、本項目では次の定義に従い評定を行う。
アニマルセラピーに関する中心的な組織である米国のデルタ協会が定めた定義2 である2。
- 1:動物介在活動(AAA):基本的には、ペットと人々が表面的に触れ合う活動を意味する。日本で多く実施されている、ボランティアが犬猫を連れて高齢者施設などに訪問する活動はこちらに含まれる。
- 2:動物介在療法(AAT):治療上の一部分で動物の参加を不可欠とするもの。医療側の専門スタッフによる治療計画の中に、動物が参加し対象の治療、あるいはその補助を行うものである。
評定早見表
効果の作用機序を説明する理論の観点
理論の論理性 C(中)
アニマルセラピーでは全般的に、作用機序を説明する確固たる理論があるとはいえない。個別疾患に対する症例対象研究の数はある程度揃っているものの、より厳密な研究が構造的に採用しにくいことが研究が進みにくい一因であると思われる。たとえば、研究協力者(患者)と動物の接触により一定の精神的な作用があったとしても、それが「動物の直接的な効果」かどうか正確な判断をつけにくく、(有意性のある研究は報告されているが3)理論を立てにくいのである
他にも、生理学的な研究を根拠とした、たとえば大脳辺縁系の扁桃体への作用や自律神経系への作用(交感神経の活動を抑制し、反対に副交感神経をよく働かせること)などもアニマルセラピーの理論として報告されている。しかし現在までのところ、そのどれも決定的とは言い難く体系化されていない。
ただし、アニマルセラピー理論は致命的な矛盾のある体系ではなく、また、根拠薄弱に万病に効くといった主張もあまり見られない。理論整備が全般的に十分でないものの、内的に矛盾した主張もみられないことから論理性は中程度と評価する。
理論の体系性 B(中~高)
アニマルセラピーの理論体系は基本的に現代の西洋医学、西洋医療に準じたものであり、他の学術領域と整合性がとれない説明ではない。ただし、作用機序に関してはまだ不明な部分も多く、「本当に動物介在による効果なのか」といった疑問に十分に応えているとも言い難い。他のバイアスを完全に排除した形での実験設定が難しいのが実態であり、今後の成果が待たれるところである。
ユニークな学説としては他に、進化生物学の視点から「犬」と「人間」との関係性に着目しながら理論的な構築を試みているものもある。たとえば、「狩猟採集時代では犬を上手く扱えた者の方が獲物を多く仕留められていた」といったものがある。こうした報告は、ともすれば物語的になりすぎるきらいもあるが、体系性の観点からは評価できるものである。
限定的な研究による特定疾患に対する言及 3の取り扱いには注意が必要であるものの、総合的に体系性は評価できる。
- 3:たとえば、熱帯魚を眺めることによる血圧低下、犬の飼育者の冠動脈疾患からの延命効果、アルツハイマー型認知症患者に対する改善効果など。
理論の普遍性 C(中)
多くのアニマルセラピー実践は基本的に治療に対しての補助的効果を示すものであり、これらの療法を受けたからといって劇的に症状が改善するものではない。その点に関してのアニマルセラピー理論は慎重であり、著しい飛躍がみられるような効果の主張はほとんど見られない。
また、特にAATは専門家が作成する医療計画の一部として組み込まれており、他の治療法との併用を前提とする場合が多い。理論的には幅広い適用可能性があるが、こうした実態を踏まえ評価は中程度とする。
実証的効果を示すデータの観点
データの再現性 C(中)
アニマルセラピーの効果は「生理学的効果」「心理的効果」「社会的効果」に大別することができる13。主に心理療法の補助的位置づけとして研究が進められており、ADHD患者に対する治療効果、自閉症患者に対する治療効果、抑うつ患者に対する治療効果などが期待できる。たとえば、アニマルセラピー研究におけるRCTをまとめたメタ分析研究では、うつ病治療における犬介助治療の有効性が示されている。ただし、研究の質にばらつきがあり、よりよい質の研究デザインが課題とも指摘されている4。また、動物好きな人に対する抑うつ効果については限定的な効果がみられることは別のシステマティックレビューでも示唆されているが、研究デザインの不均質という問題も指摘されている5。
一方、身体的効果に目を移すと、メタ分析研究の結果、乗馬療法によるバランス感覚や歩行機能の改善が示唆されている6。また、精神保健病患者の治療としてのAATの有効性を確認するために、この分野における研究水準の向上を提案・記述しているレビューもある7。総じて、治療の補助的位置づけとするならば、有効と考えられる効果がいくつかあると評価できる。
データの客観性 D(低~中)
アニマルセラピーの日本での認知度は決して高いとはいえず、先駆的な研究分野である。また、より社会的な需要に合わせる形で臨床研究に重点が置かれていると分析できる。そのため、研究者=利害関係者という構図になりやすく、構造的に客観性を高く保持しにくいことが考えられる3。
アニマルセラピーに関する機関は世界各地に存在するが、研究に関しては個々の団体の倫理性に依存している部分が大きい。
また、アニマルセラピーはその性質上、医師、獣医師、理学療法士やトレーナー、そしてハンドラ―という異種の専門性を必要とするが、その確保も現状、(少なくとも研究という分野では)十分とはいえない。熟練した専門家介在による作用(いわゆる実験者効果)についてはより批判的な考察が必要であり、客観性は(低)~(中)と評価する。
データと理論の双方からの観点
データ収集の理論的妥当性 D(低~中)
アニマルセラピーの社会的効果については、他の要因による効果の可能性を排除しきれていないという面で本当に妥当なデータを集めているかどうか疑問がもたれる。
ただし、生理学的効果については評価できる面もある。特に抑うつ効果や乗馬療法による身体的効果はRCTやメタ分析が行われており、妥当なデータ収集や分析であるといえる。補助的療法としての期待はできる。
理論によるデータ予測性 C(中)
近年みられるペットブームをはじめとして、日本でも介在動物についてたびたび議論が展開されている。「ペットロス」に代表される愛玩動物との死別からくる喪失感8が社会問題化していることからもうかがえる。そうした流れから、アニマルセラピーも社会的に幅広く期待されている。
しかし、たとえばペットロスに関して言えば、「ペット(愛玩動物)の喪失が精神に影響を及ぼした」のか「ペットに限らず単に接する相手がいなくなったことが精神に影響を及ぼしたのか」を明確に区別するのはなかなか難しい。データ予測性という意味において、繰り返しの検証が困難で、そもそもペットロス現象自体を真に捉えているかという疑問が残る。一方、アニマルセラピー研究ではヒトを主軸にしつつも介在動物に配慮するようなガイドラインも厳しく定められている(人と動物との共通感染症や動物に対するストレス耐久性など)。そういう意味では厳密な実験計画をたてることができるため、反証や検証が可能である。
より批判的にみると、理論面が吟味されつくしていないことは問題であるが、心理学や神経生理学、脳科学的知見に沿う形式での理論構築が進んでいる。対象となる疾患によって評価は異なるものの、全般的な予測性は中程度と評価とする。
社会的観点
社会での公共性 B(中~高)
1980年にロンドンで第一回「人と動物の相互作用国際学会(International Association of Human-Animal Interaction Organizations;IAHAIO)」が開かれて以来、現在までに各国で多くの研究が発表されている。とりわけ、1995年の「ジュネーブ宣言」以降は人目線だけでなく「介在動物」の視点に立ったアニマルセラピーの見直しも行われており、特定の視点に偏った研究は排除される傾向にある。
具体的な組織には「人と動物の相互作用国際学会」をはじめとして、米国の「デルタ協会(Delta Society)」や英国の「スキャス(The Society for Companion Animal Studies;SCAS)」、フランスのAFIRAC、オーストリアのIEMTなどがあり、非営利団体として学術的な活動を行っている。日本においても日本動物福祉協会(JAHA)による「アニマルセラピー人と動物のふれあい活動(Companion Animal Partnership Program;CAPP)」などの組織化が進んでいる。また、東京農業大学が近年「バイオセラピー学科」を設立したこともあり、アニマルセラピーについて学術的に学べる制度作りにも期待がもてる。
一方、社会での認知度や研究の質という面においてはかなりバラツキがみられるのも実情であり、そういう意味でまだ発展途上であるといえる。臨床・実践面に偏った営利主義の学術団体が皆無であるとも言い切れず、公共性は(中)~(高)と評価する。
議論の歴史性 B (中~高)
アニマルセラピーの歴史は古い。たとえば乗馬療法の起源は古代ローマ帝国時代にまでさかのぼり、戦場で傷ついた兵士たちのリハビリに乗馬が用いられていたといわれている。歴史の中で人間と馬の関係は単なる輸送機関をこえ、農耕馬や軍馬など象徴的なものとして扱われてきた歴史がある。
近代においてアニマルセラピーという概念が生まれたのは、18世紀のイギリスの精神病施設「ヨーク・レトリート」における治療からだといわれている。そこでは「罰と制限」による従来の治療から、患者に動物の飼育や庭造りの作業をさせるといった先駆的な試みが行われ、それが現在のアニマルセラピーの基盤となったことが考察されている3。
科学的研究に目を移すと、1960年代に臨床心理学者ポリス・レビンソンが行った治療報告が最初のものであったようである。1970年代後半からは国際的な組織化、制度化へと繋がり、現在では研究活動や議論がかなり活発化してきている。
社会への応用性 B(中~高)
アニマルセラピーはかなり広域にわたってその効果を謳ってはいるものの、効果の「強さ」については慎重な検証を進めていると考察でき、特定疾患に対する治療の補助的位置づけから著しく乖離した主張はほぼみられない。アニマルセラピーの効果については過不足ない情報が一般に示めされているといってよいと思われる。
たとえば、乗馬療法における身体障がい者の姿勢の矯正、筋肉の緊張緩和効果といった効果が確認されているが、それが広く一般的に適用できるかどうかは今後の研究成果次第であるともいえる。また、近年のロボット技術の進歩により、ペット型ロボットを用いたセラピーにも注目が集まっている。これはペットロス症候群や感染症対策としては有効であるが、一方で商業目的として過度な主張がされる恐れもある。
以上より、社会への応用性は(中)~(高)程度と評価する。
総評 発展途上の科学
アニマルセラピーでは、研究者=臨床従事者(利害関係者)になってしまいやすいという構造を超えた研究が今後望まれる。
そのうえで特に考慮すべきは再現性と効果の強さについてである。現状、乗馬療法における生理学的効果やうつ病などの精神疾患に対する効果についての補助的療法としては認められると思われる。
また、アニマルセラピーが現在の日本では保険適用外治療であるという点は重く見たほうがよい。保険適用されているからといって一概に効果的だといえるわけではないが、治療に対しての費用対効果が十分でないという可能性は考慮すべきだろう。
なお、日本では2010年ごろに当時の鳩山内閣によって「統合医療の積極的な推進の検討」が進められ、アニマルセラピーもその中に含まれていたという経緯がある。しかし、計画自体が頓挫したため、アニマルセラピーに関する国単位での大きな枠組み作りも先送りになってしまったと予想される。評価についても慎重に進めていく必要性があると考えられる。
参考文献/参考サイト
- 田丸政男、戸塚裕久『補完・代替医療アニマルセラピー』金芳堂2006
- 公益社団法人デルタ協会(Delta Society)
- 横山章光『アニマル・セラピーとは何か』NHKブックス1996
- Kamioka H, Okada S, Tsutani K, Park H, Okuizumi H, Handa S, Oshio T, Park SJ, Kitayuguchi J, Abe T, Honda T, Mutoh Y. Effectiveness of animal-assisted therapy: A systematic review of randomized controlled trials., Complementary therapies in medicine, 22(2), 2014.
- Souter MA, Miller MD. Do animal-assisted activities effectively treat depression: a meta-analysis. Anthrozoos 2007; 20(2): 167-180
- Stergiou A, Tzoufi M, Ntzani E, Varvarousis D, Beris A, Ploumis A. Therapeutic Effects of Horseback Riding Interventions: A Systematic Review and Meta-analysis., Am J Phys Med Rehabil., 96(10):717-725, 2017.
- 『Cochrane Schizophrenia Group, Animal-assisted therapy for people with serious mental illness, Cochrane Database, 2013
- 坂元薫「別離への心の予行演習~ペットロス症候群」東京女子医科大学医学部精神医学講座