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DHA・EPA

言説の一般的概念や通念の説明

語句説明

DHA・EPAとは、脂肪酸の一種であり、多価不飽和脂肪酸(リノレン酸)1n-3系列脂肪酸2に分類されるものである。主に魚(いわゆる青魚に多い)に含有している脂であり、特にさば、まぐろ、さんま、いわしなどに多く含まれる(後述するイヌイットの主食であるアザラシの脂もこれにあたる)。

DHAとEPAは多くの点で類似した働きを見せるため同一項目として取り上げる。3 れらは正式名称である「エイコサペンタエン酸(eicosapentaenoic acid : EPA)」や「ドコサヘキサエン酸(docosahexaenoic acid : DHA)」よりも「オメガ3必須脂肪酸」という呼び方が先行して広く知られており(n-3系列脂肪酸の言い換え)、一般的にも馴染み深い物質である12 3 4。また、EPA・(DHA)は日本において既に医薬品としても認可・販売されている410 。以下は、生理作用についての説明である。

EPA……「エイコサペンタエン酸(eicosapentaenoic acid)」の略。
血小板の凝集作用があるトロンボキサンA₃と血小板の凝集抑制作用があるプロスタサイクリンI₃を作り出す作用がある55。医学的には、抗血栓作用、血中脂質低下作用(コレステロール、中性脂肪)、血圧降下作用などが認められている。生理作用においてDHAと明確な違いはないが、高脂血症などの治療薬に用いられている「エパデール(商品名)」15などにおいて、スタチン6との併用によって冠動脈疾患への効果作用が報告されている67。 後述する疫学研究などによって、EPAのほうがその効果や作用について先に注目された。

DHA……「ドコサヘキサエン酸(docosahexaenoic acid)」の略。
EPAとの主な相違点は、脳や網膜にて多価不飽和脂肪酸が局在する比率はDHAのほうが多いこと8、中枢神経に作用すること1、抗炎症作用が高いこと23が挙げられる。DHAとEPAを含有している医薬品には「ロトリガ(商品名)」がある9

本項目では、DHA・EPAの働きの概論と、健康効果があるという言説の両面から評定を行う。DHA・EPAの基本的な性質から、よく謳われる「血液がサラサラ(になるから良い)」や「頭がよくなる」まで俯瞰する。評定では主に医療用の観点に依拠するが、いわゆる健康食品(サプリメントや機能性表示食品など)についても適宜言及する。

  1. 1:DHAやEPAはその前駆体であるα-リノレン酸によって変換される。
  2. 2:n-3とは、末端メチル基から3番目の炭素に二重結合があることを意味している。ほかに、6番目の炭素に二重結合があるものをn-6系列脂肪酸(植物油やマーガリンなどに多い)と指す。
  3. 3:厳密には、これにも異論がある(2に詳しい)。
  4. 4:厚生省薬発第1179号 平成2年3月30日付。
  5. 5:他にも赤血球の変形能が増し、毛細血管で血栓ができにくくなる作用などもある。
  6. 6:HMG-CoA還元酵素阻害剤(スタチン系薬剤)とは、高脂血症治療薬の代表的なものの一つである。血中の(LDL)コレステロールを低下させる治療薬である。

効果の作用機序を説明する理論の観点

理論の論理性 A(高)

DHA・EPAの生理的な作用はよく知られており、端的には血液凝固を防ぎ血栓ができにくくなるという効果がある。血栓症――つまり、凝固した血液のために血管が詰まると心筋梗塞や脳梗塞を引き起こす恐れがあるため、主にEPAを摂取することによりその予防効果が期待されている。作用機序と効果の関係において無理のない理論であるといえる。

作用の説明に関しては「血液サラサラ」などの簡略化されたコピーも一般に広まっているが、「血液サラサラ」が必ずしも良いことばかりだとは限らないには注意が必要である。「血栓ができにくくなること」と「血液がサラサラであることが良いこと」は“意味的に”微妙にニュアンスに違いがあり7、DHA・EPAには血液を“固まらせにくくする”作用があるとしたほうがより精確である。

他方、特にDHAの効果として「頭がよくなる」といった言説が謳われている。その根拠としてDHAにはアルツハイマーや認知症、物忘れ、うつ病への効果がある8との研究が切り取られて伝わっていることが推察されるが、現在のところ説明力に乏しい 。

 
  1. 7:これはつまり、「血液サラサラ」が必ずしも良いことばかりだとは限らないという意味である(このことは「応用性」の項目にて詳述する)。
  2. 8:少なくとも「うつ病」において、EPA剤が処方されることは一般的ではない。

理論の体系性 A(高)

DHA・EPAの作用機序の多くは明らかになっており、少なくとも血栓への予防、心筋梗塞や脳梗塞への効果については矛盾した説明ではなく体系性が高い。こうした血液凝固が主要因である疾患に対する食事療法としてEPAの適度な摂取が奨励されていることもあり21、これまでの知見と整合的な説明となっている。

一方、「頭がよくなる」との言説には疑問符が付く。この説は、1985年にイギリスのクロフォード博士によって「魚を多く食べる日本人の子供は、肉食中心の欧米の子供より平均的に知能指数が高い」11との発表によって火が付いたという経緯がある 。しかし、その後の研究において知能指数説については否定的な見解に落ち着いており、また、DHA・EPAの生理作用と「頭のよさ」について接続性のある説明もみられない。他に、アルツハイマーや認知症などへの効果についても研究が行われているが、こちらについても作用機序がきちんと説明されているとはいえない。

理論の普遍性 C(中)

心筋梗塞や脳梗塞の“予備軍”とされている人や、高脂血症患者への治療・予防効果については期待できるる12。特に心筋梗塞については日本人の3大疾患とされるほどの脅威であり、民間の死亡保険の目安などにもなっている13 。こうした意味で普遍性は高く評価できる。
ただし、心筋梗塞は生活習慣の乱れから発症するケースも多いため14、万人がDHA・EPAの摂取量を常に気にしなければならない」ということでもない。

実証的効果を示すデータの観点

データの再現性 A(高)

DHA・EPAの生理作用については多くの実験において確かめられており、医薬品となっている「エパデール」「ロトリガ」についてはヒトでの試験で有効性が示されている915。「動脈の弾力性保持作用」「血清脂質改善作用」「血小板凝集抑制作用」などについては基本的に期待される効果が得られると考えてよいだろう。

データの客観性 A(高)

(DHA)・EPAが初めて注目されたのは、1960~1970年代において行われたグリーンランドのイヌイットを対象とした疫学研究である。その結果から脂肪酸に注目が集まり、現在までに多くの大規模研究が行われている。日本で行われた代表的な研究を以下に紹介する[15EPAが注目された理由」より、一部表現・文体を変えて引用]。

  ・千葉県で行われた疫学調査……沿岸漁業地域と内陸部の都市近郊農業地域において、3年間にわたる疫学調査が行われた。漁業地域と農業地域における魚の摂取量が比較検討されたところ、1日平均魚介類摂取量およびEPA摂取量は漁業地域において明らかに高値だった。また、1977年から1980年の漁業地域(対象地区を包括する勝浦市)および近郊農業地域(対象地区を包括する柏市)における虚血性心疾患、脳血管障害の訂正死亡率を比較検討した。その結果、両疾患による死亡率はともに漁業地域において近郊農業地域と比較して低い傾向が認められた。

  ・京都府で行われた疫学調査(久美浜Study)……漁業地域、農業地域、商業地域において、4年間にわたり疫学調査が行われた。健康診断受診者、通院患者における心血管疾患発症について比較検討したところ、商業地域、農業地域に比べて漁業地域では、負荷心電図陽性率、狭心症発症率が有意に低く、心筋梗塞発症率も少ないという結果が得られた。食事の調査では、漁業地域では商業地域、農業地域と比較して有意に肉の摂取が少なく魚の摂取が多いという結果が得られた。また、血液中のEPAを比較したところ、漁業地域では商業地域、農業地域より有意にEPAが高いという結果が得られた。

現在、無作為化比較対照試験やメタ分析をはじめとした厳密な研究がまとめられていることもあり 16 、客観性を評価するのに十分なデータだといえる。ただし、うつ病や認知症などへの効果については肯定的な結果と否定的な結果が混在している状況であり、そのあたりは割り引く必要がある。

データと理論の双方からの観点

データ収集の理論的妥当性 A(高)

これまでの研究から、DHA・EPAの血栓予防作用、及び(LDL)コレステロール低下作用については無作為化比較対照試験や二重盲検法による臨床試験が行われてきており、妥当なデータが収集されているといえる。一方、「頭がよくなる」などの安易なキャッチコピーも広まっているが、こうした効果のデータが妥当に収集されているかは不明である。

理論によるデータ予測性 C(中)

DHA・EPAの摂取における争点の一つに摂取量がある。たとえば、DHA・EPAを医薬品として捉えた場合、高脂血症などの治療において「ロトリガ」では最大4g/日、「エパデール」では最大2700mg/日の投与が認められている(症状によって投与量には差がある)。一方、FDA(米国食品医薬品局)はサプリメントなどの健康食品からDHA・EPAを摂取する場合の限度量を1日最大2gに設定している。他にも、JHFA(日本健康・栄養協会)では1日0.75gを目安量としているなど一致した見解に至っていないことがうかがえる。

年齢や性別、体格差などの要因により個人の代謝には差があるため、摂取量に違いがあるほうが“普通”であるともいえるが、どういう人が、どれくらい摂取して、どの程度の効果が得られるのかという評価については今後の研究成果によって変動しうるだろう。
ちなみに、n-6系列脂肪酸(植物性油など)とn-3系列脂肪酸(DHA・EPAなど)の摂取比率は4:1が適切であるとされており17 、この点については概ね一致した見解が得られていると思われる。

社会的観点

社会での公共性 C(中)

医薬品としてのDHA・EPAは一定の管理下にあるといってよい。少なくとも日本では、基本的には医師の処方が必要であるため9、用法・用量等について消費者が過度に気を配る必要はない。
ただし、いわゆる健康食品(サプリメントや機能性表示食品)については基本的に消費者個人の裁量に任されているため、個々のリテラシーが必要とされる。たとえば、機能性表示食品として認可されている商品やサプリメントは、品質や費用対効果の面において疑問が残る。また、安全性(1日当たりの許容摂取量など)という面においても二次情報、三次情報を信頼性の担保としていることが見受けられる18

 
  1. 9:2012年より「エパデール」がOTC医薬品(一般医薬品)として認可・販売されている

議論の歴史性 A(高)

歴史性は高く評価できる。以下に記述するダイアベルグらの疫学調査をはじめとして、科学的な研究、またはそれにともなう議論が正統的に行われてきたといえる。


 1960~1970年代、ダイアベルグ(Dyerberg)らはグリーンランド北西部において、イヌイットとデンマーク人を比較した8年間に及ぶ疫学調査を行った。その結果、グリーンランドイヌイットは急性心筋梗塞の発症がデンマーク人に比べて10分の1以下であることがわかった。しかし両者はともに高脂肪食であるにもかかわらず、イヌイットの方が極端に心筋梗塞への罹患率が低いという疑問が残った。
 ダイアベルグらはイヌイットの食生活――彼らの主食であるアザラシ――にその要因があると考え、イヌイット、デンマークに移住したイヌイット、デンマーク白人の三グループに分けて、血中における脂肪酸組成を細かく分析した。血液中におけるEPAに特異な差があることを突き止め、それが心筋梗塞を予防しているのではないかと結論付けた。

社会への応用性 C(中)

現在の日本では医薬品以外の(いわゆる健康食品などの)DHA・EPAは比較的入手しやすい状況にあり、ほとんど誰でも容易に使用できる。こうした商品の謳われる効果について、少なくとも「血液サラサラ」については(やや簡略化されている部分があるにしろ)、効果が確かめられているといってよいだろう。
 ただし、応用されている商品には留意すべき点もいくつかある。たとえば、①純度について、、②「血液サラサラ」の副次的作用について、③鮮度について、④費用対効果について、⑤過度な効果の主張について、が挙げられる。以下でその要点を述べる。

純度について……医薬品で用いられているDHA・EPAは高純度(純度90%以上)であり、品質に関してよく管理されている。一方、いわゆる健康食品(サプリメントや機能性表示食品など)で使われているDHA・EPAには商業目的が先行していることもあり“質”の面が懸念される。

「血液サラサラ」の副次的作用について……「血液がサラサラ」というコピーは金科玉条のごとく語られることが多いがデメリットもある。DHA・EPAには抗血栓作用、血液凝固抑制作用があるため、対象が出血した場合それを助長する恐れがある。医薬品では出血の危険性がある患者に対しては禁忌とされ、投与されることはないが、いわゆる健康食品については自己管理であるため、使用に際して注意が必要である。

鮮度について……DHA・EPAは酸化しやすい性質をもっているため、摂取する場合には鮮度が重要である。魚などから摂る場合、干物としても摂取可能であるが、それ以上に新鮮であることに留意しなければならない。こうした問題はサプリメント商品に顕著であり 、適切な意思決定が求められる。19

費用対効果について……たとえば、まぐろには70gあたりDHA/201mg、EPA/90gが含まれているが、多くのいわゆる健康食品やサプリメント商品に含まれるDHA・EPA量はこれよりも少ない。他にも、さば70gあたりにはDHA/166mg、EPA/120mgが含まれており、いわゆる健康食品との選択を考える場合、こうした費用対効果にも目を向けることが重要である。

過度な効果の主張について……よく謳われる「頭がよくなる」という主張の根拠は希薄である。同様に、認知症、うつ病、アルツハイマーなどへの治療・予防に関しても再現性が高いとはいえず、注意が必要である。

全般的に、日本人の食生活にはDHA・EPAが不足しており深刻であるとの見解もあるが、反対に、そういったことを過度に気にせず、普段の食生活だけで十分であるとの指摘もある19。反対に、そういったことを過度に気にせず、普段の食生活だけで十分であるとの指摘もある20。 このように議論の残る部分はあるものの、応用性という意味では概ね評価できる。

総評 科学

ダイアベルグらの実験には手続き上の批判があったものの、その後の研究成果によって現在ではDHA・EPAの効果はかなりよく説明されている。中枢神経への作用など作用機序に関して未解明な面もあるが、全般としては高く評価できるように思われる。

ただし、「頭がよくなる」という主張については現在のところ俗説に留まっており、効果を断言できるほどの根拠はないだろう。また、特にいわゆる健康食品などからDHA・EPAを摂取する場合、適量摂取という考え方が第一であることにも注意が必要である。「応用性」で述べたように、たとえ「血液サラサラ」という効果が担保されているとしても、それが「よいこと」とイコールではないことは意識すべきである。

 

参考文献

  1. 『海から生まれた毒と薬』 Anthony T.Tu・比嘉辰雄
  2. 『AA,EPA,DHA-高度不飽和脂肪酸』 鹿山光/編
  3. 『サプリメント・機能性食品の科学』 近藤和雄・佐竹元吉
  4. 『食べものが効く!』 田村哲彦
  5. 『おさかな栄養学』 鈴木たね子・大野智子
  6. 『治療薬ハンドブック 2015』 高久史麿/編
  7. 『慢性疾患薬物療法のツボ 脂質異常症 [第2版]』 寺本民生/編集
  8. 『脂肪酸栄養の現代的視点』 五十嵐侑・菅野道廣/責任編集
  9. 「ロトリガ粒状カプセル2g 製品概要」 武田薬品工業株式会社
  10. 『医薬品の範囲基準ガイドブック 第5版』 薬事監視研究会/監修
  11. 『健康食品 ウソとホントの見分け方』 NACS東日本支部食部会 悠々社1997
  12. 『高脂血症 診療ガイド 第2版』 村勢敏郎
  13. 「死亡保険 三大疾病保障プラン:特長」 Aflac
  14. 「心筋梗塞」 日本生活習慣病予防学会
  15. 「エパデール」 持田製薬
  16. 「健康食品の素材安全データベース:EPA」 国立健康・栄養研究所
  17. 「「第6次改定日本人の栄養所要量について」 厚生省
  18. 「ディアナチュラゴールド EPA&DHA」 消費者庁機能性表示食品安全性情報
  19. 「EPAの使い方」 久米典昭 『ドクターサロン57巻6月号』2013
  20. 『何を食べたらよいのか~氾濫する情報にふりまわされないために (くらしの中の化学と生物)』 日本農芸化学会/編 学会出版センター1999
  21. 「日本人におけるエイコサペンタエン酸(EPA)の食事による摂取と血小板機能に関する疫学的研究」平井愛山『日本内科学会雑誌』(74)1985

関連文献

  1. 【食品関連】
  2. 彼谷邦光『脂肪酸と健康・生活・環境~DHAからローヤルゼリーまで』裳華房1997 
  3. 近藤和雄・佐竹元吉『サプリメント・機能性食品の科学(おもしろサイエンス)』日刊工業新聞社2014
  4. NACS東日本支部食部会『健康食品~ウソとホントの見分け方』悠々社1997 
  5. 鈴木たね子・大野智子『おさかな栄養学』成山堂書店2004
  6. 高田明和『誰も知らないサプリメントの真実』朝日新書2009
  7. 田村哲彦/監修『食べものが効く!~話題の栄養成分が一目瞭然』家の光協会2001 
  8. 和田俊『かつお節~その伝統からEPA・DHAまで』幸書房1999 
  9. 和田俊『だからイワシは体にいい!』成山堂書店2002
  10. 【医学関連】
  11. 藤山順豊/監修『コレステロールと中性脂肪の基礎知識』日東書院本社2001
  12. 平井愛山「日本人におけるエイコサペンタエン酸(EPA)の食事による摂取と血小板機能に関する疫学的研究」『日本内科学会雑誌』(74)1985
  13. 川名正敏/監修『狭心症・心筋梗塞~安心の日々を送るための治療と知識』法研2013  
  14. 村勢敏郎『高脂血症診療ガイド(第2版)』文光堂2012 
  15. 日本医師会/監修『いわゆる健康食品・サプリメントによる健康被害症例集』同文書院2008  
  16. 寺本民生/編『脂質異常症~慢性疾患薬物療法のツボ』日本醫事新報社2009
  17. 【その他】
  18. Anthony T.Tu・比嘉辰雄『海から生まれた毒と薬』丸善出版2015
  19. 五十嵐侑・菅野道廣/編『脂肪酸栄養の現代的視点』光生館1998
  20. 鹿山光/編『AA,EPA,DHA~高度不飽和脂肪酸』恒星社厚生閣1995