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ダンスセラピー

言説の一般的概念や通念の説明

語句説明

ダンスセラピーには複数の定義が存在する。たとえば、米国ダンスセラピー協会は「ダンス・ムーブメントセラピーとは、個人の感情的、社会的、認知的、身体的統合を促進する一過程としてムーブメントを心理療法的に用いることである」と定義している。日本ダンス・セラピー協会によると「ダンスや動作で健康を維持/増進/回復し、心身の不調を改善するメソッド」と定義されている。本項では、これら複数の定義を総合した「ダンスセラピーとは、ダンスやムーブメントを精神療法的に、また、身体療法的に用いることである」との定義に従う1

ダンスセラピー効果の研究はいくつかの領域にわたっており、精神疾患への有効性、身体障がい者へのリラクセーション効果、ターミナルケアとしての効果などがある。特に海外研究において、パーキンソン病に対する有効性の研究が積極的に行われている。
本項では、こうしたダンスセラピーの身体・精神的効果について評定する。

効果の作用機序を説明する理論の観点

理論の論理性 D(低~中)

ダンスセラピーは「実践がまず先にある」とされているが、理論的背景には「心と体との相互作用」を重んじる考え方が基盤にある。たとえば、心と体の作用として他者との「共感」や「関係性」を理論化する試みが行われている2

しかし、こうした概念を定量化することはそもそも難しく、理論に対する思想的意味合いが強く残る。セラピストの哲学的説明や説得性が主になることが多く、技法の効果の測定や実証的な裏付けが行われないまま広まっているという問題を抱えている。

理論の体系性 B(中~高)

神経科学や免疫学などの知見を取り入れながら理論化が進められており、他の学術領域との整合性には一定の評価ができる。
一方で、たとえば動作エフォートに関する「空間」や「時間」、「重さ」「流れ」などダンスセラピー独自の定義もみられ、理論面でのカバーが今後の研究課題であるともいえる。治療法としての科学性の確立のためにEBM(根拠に基づく医療)に沿った体系性を確保すべきとの論考もあるが3、十分とはいえない実態もある。

理論の普遍性 C(中)

対象が精神疾患患者やパーキンソン病患者などの特定疾患だけではなく、広く普遍的に適用可能としている面もある。ただし、どの程度まで応用可能かというコンセンサスには至っていないようである。

たとえばパーキンソン病への効果の測定は海外研究では盛んであるが、日本ではあまり行われていない4。日本語で書かれたダンスセラピーの教科書的な書籍でも、精神科領域をメインターゲットにしていると分析できるが、どのような疾患を対象とするのかという厳密な定義には至っておらず、対象がやや曖昧であることは課題といえる。

実証的効果を示すデータの観点

データの再現性 C(中)

ここでは、科学的データとして信頼性の高いメタ分析1研究の結果を参考に評価する。今回は、医学・生命科学分野に特に強いデータベースであるPubMedを用いて、ダンスセラピーに関するメタ分析・システマティックレビューを調査した(2018.8.2実施)。合計12件が該当し、うち1件はドイツ語による文献のため評価から除外した。以下の表1では、これらの研究の概要を述べている。


表1 ダンスセラピーのメタ分析/システマティックレビュー一覧(発表年が新しい順)
文献情報研究内容結果
(Conceição et al 2016)5 エアロビクスなどによる高血圧患者の血圧、運動能力に対する効果を合計4研究216人の患者データから分析。収縮期血圧、拡張期血圧、運動能力ともに有意な改善。
(Levine, Land 2016)6トラウマやPTSDに対する有効性の検討(合計9研究)PTSDやトラウマに対して有望な効果がみられると結論。ただし、量的データによって効果が確かめられているわけではなく、サンプル数も非常に少ないため評価については割引きが必要。
(Bradt, et al 2015)7がん患者に対する心理的ケア効果についての分析(コクランレビュー)QOLスコアに有意な改善効果がみられたが、不安、疲労などへの効果はなく、全体として心理効果には慎重な評価。
(Lötzke, et al 2015)8アルゼンチンタンゴによるパーキンソン病の改善効果について、7件の研究217人のデータから分析。UPDRS-3などの指標に対して有意な改善効果(効果量-0.62:95%信頼区間[-1.04, -0.21])。
(Meekums, et al 2015)9ダンスによるうつ病に対する改善効果について、3研究147人のデータから分析(コクランレビュー)。うつ病スコアに対する信頼できる改善効果はなかった(効果量-0.67:95%信頼区間[-1.40, 0.05])。
(Shanahan, et al 2015)10タンゴ、アイリッシュダンスなどによるパーキンソン病への改善効果について、5研究173人のデータから分析。UPDRS-3などに対して統計的に有意な改善効果。
(Gomes, et al 2014)11慢性心不全患者のQOLスコアへの効果についてメタ分析。統計的に有意なスコア向上が認められた(効果量2.09:95%信頼区間[1.65, 2.54])。
(Sharp, Hewitt 2014)12タンゴなどによるパーキンソン病の改善効果について計5件の研究データを基に分析。ダンスと軽い運動の比較では、バランス感覚に有意な改善効果がみられたが、UPDRSスコアは改善がなかった(効果量-1.39:95%信頼区間[-3.56, 0.78])。ただし、ダンスと介入なしの比較では効果がみられている。
(Dreu, et al 2012)13タンゴ、ワルツ、太極拳などによるパーキンソン病へのリハビリ効果について6研究219人の患者データから分析。バランス感覚などに有意な改善効果があったが(効果量4.1:95%信頼区間[2.12-6.14])、UPDRS-3には改善なかった。
(Tomlinson, et al 2012)14ダンスを含む物理療法によるパーキンソン病に対する効果について(コクランレビュー)。UPDRSスコア(効果量-6.15:95%信頼区間[-8.57, -3.73])などに改善効果があった。
(Bradt, et al 2011)15最新のデータを加えて(Bradt, et al. 2015)として改訂
(Schmitt, Frölich 2007)16ドイツ語文献のため評価対象外

合計12件のメタ分析から、ドイツ語文献1件と改訂された文献1件を除いた10件を研究内容別にみると、パーキンソン病への効果(5件)、精神・心理的効果(3件)、循環器系疾患への効果(2件)の順となる。ただし、すべての研究が(統計的に意味のある)肯定的な結果であったというわけではなく、精神・心理的効果については基本的に否定的な評価が下されている。

パーキンソン病へのリハビリ効果についても、病態評価についての統一的なスケール(UPDRS-3)に対してスコア改善がない研究も一部あり、再現的でない面もみられる。また、全体的にサンプル数が少ないことも課題である。
一方で、こうした補助的な運動療法の本分ともいえるQOLスコアや血圧を下げる効果については基本的に期待できると考えてよいだろう。

  1. 1:メタ分析の詳細については、こちらを参照されたい

データの客観性 C(中)

メタ分析、システマティックレビューが一定数行われており評価できる。主に海外の研究であるが、量的データの収集を重要視している。

一方、精神・心理効果などある程度「主観」に頼らざるを得ない効果については、(統計的な処理は施しているとはいえ)慎重に評価していく必要があるだろう。特に日本では、ダンスセラピーによる精神的効果を標榜する傾向が強いようにみえるが、メタ分析研究の結果からはそれほど強力な根拠は得られていない。

データと理論の双方からの観点

データ収集の理論的妥当性 C(中)

比較研究が一定数あり、ダンスセラピーを行った場合となにもしなかった場合の比較、またはダンスセラピーと他の運動療法との比較が行われている。こうした研究の蓄積は評価できるが、一方で他の運動療法との違いが明確でないことが問題点として挙げられる。仮に、他の運動療法と同程度の効果しかないのであれば((Sharp, Hewitt 2014)など、一部そうしたデータもみられている)、ダンスセラピーという固有の療法の意義をどのように見出していくかが課題となる。

理論によるデータ予測性 C(中)

量的データによる比較研究では、1回のダンスセラピーの長さは30分~1時間程度で統制しており、たとえばパーキンソン病については、このレッスンを週1回、3カ月~12カ月継続した場合による効果を測定している。このような統制された条件では安定した効果がみられている。

一方、どのようなダンスがより有効であるか、といった踊りの種類に対する分析は不足している。研究量的にはタンゴを用いた研究が多いが、これは、当該研究が行われ、発表された地域に関連していると思われる2。個々のダンスの評価という意味で厳密性を追究していく必要があるだろう。また、他の療法との比較も今後の課題であり、それによって独自性も高まると思われる。

  1. 2:欧米では実証研究が盛んであるため、そうした地域でよく知られているダンスが研究に採用されることも必然的に多くなる。

社会的観点

社会での公共性 C(中)

現在ダンスセラピーは、日本では「日本ダンス・セラピー協会」が、世界的には「米国ダンスセラピー協会」などが中心となって研究が進められている。セラピストの資格制度化や教育・研究方面の充実化が図られているが、セラピストや研究の質にバラツキがあるのが現状である17

議論の歴史性 C(中)

ダンスセラピーの歴史は1940年代の米国にさかのぼることができ、以降セラピスト育成のための教育整備や資格制度化が行われてきた。日本で科学研究の体制が整ったのは1980年代からであり、米国と比較すると研究史が浅い。

また、これはダンスセラピーに限ったことではないが、実証的研究に対する取り組み方も、日本と米国のそれとでは大きく違う傾向がある。そのため、どのような種類のダンスにどのような効果が期待できるか、などといった細かい議論にまで至っていないのが現状である。

社会への応用性B(中~高)

たとえば、日本ダンスセラピー協会ではダンスセラピーの禁忌(きんき)を挙げており、過剰な効果が謳われることがなければ安全で効果的に取り組める。ただし、ダンスセラピーはあくまでも補助的な療法という位置づけであるため、対象疾患への改善効果をこの療法のみに頼ることには注意が必要である。
今のところ、運動療法と同程度の効果は期待できるため、踊りに対して好意的であるならば、補助的治療法として取り組む価値は十分にあると思われる。

総評 発展途上の科学

ダンスセラピーの研究者らも総括しているように、「ダンスセラピーの研究者は少なく、成果も未だ微々たるものである」ことは課題である18。しかし、文化や芸術として語られることの多い踊りに対する科学的な研究はそれだけでユニークであり、「予防医学」を重んじる風潮と相まって、今後の可能性に期待がもてる。

一方で、(効果という意味での)他の運動療法との差別化やより確かな効果の検証は課題である。現状、他の運動療法と同程度の効果は期待できるが、逆に言えばダンスセラピーをあえて選ぶ意味も薄れるということなので、意義を見出す必要性が出てくるだろう。

 

参考文献

  1. 町田章一(2012)「ダンスセラピーの概要」『ダンスセラピーの理論と実践~からだと心へのヒーリング・アート』ジアース教育新社
  2. シャロン,C.・平井タカネ監修(2008)『ダンス・ムーブメントセラピーの実際』創元社
  3. 松原豊(2012)「動作観察および分析」『ダンスセラピーの理論と実践』ジアース教育新社
  4. PubMedや医中誌Web等による医学論文の検索結果、および著者情報より。
  5. Conceição LS, et al. (2016). Effect of dance therapy on blood pressure and exercise capacity of individuals with hypertension: A systematic review and meta-analysis., Int J Cardiol., 1;220:553-7.
  6. Levine B, Land HM. (2016). A Meta-Synthesis of Qualitative Findings About Dance/Movement Therapy for Individuals With Trauma., Qual Health Res., 26(3):330-44.
  7. Bradt J, et al. (2015). Dance/movement therapy for improving psychological and physical outcomes in cancer patients. Cochrane Database Syst Rev., 7;1:CD007103.
  8. Lötzke D, et al. (2015). Argentine tango in Parkinson disease—a systematic review and meta-analysis., BMC Neurol., 5;15:226.
  9. Meekums B, et al. (2015). Dance movement therapy for depression., Cochrane Database Syst Rev., 19;(2):CD009895.
  10. Shanahan J, et al. (2015). Dance for people with Parkinson disease: what is the evidence telling us? Arch Phys Med Rehabil., 96(1):141-53.
  11. Gomes Neto M, et al. (2014). Dance therapy in patients with chronic heart failure: a systematic review and a meta-analysis., Clin Rehabil., 28(12):1172-9.
  12. Sharp K, Hewitt J. (2014). Dance as an intervention for people with Parkinson's disease: a systematic review and meta-analysis. Neurosci Biobehav Rev., 47:445-56.
  13. Dreu MJ, et al. (2012). Rehabilitation, exercise therapy and music in patients with Parkinson's disease: a meta-analysis of the effects of music-based movement therapy on walking ability, balance and quality of life., Parkinsonism Relat Disord., 1:S114-9.
  14. Tomlinson CL, et al. (2012). Physiotherapy versus placebo or no intervention in Parkinson's disease., Cochrane Database Syst Rev., 11;(7):CD002817.
  15. Bradt J, et al. (2011). Dance/movement therapy for improving psychological and physical outcomes in cancer patients., Cochrane Database Syst Rev., 5;(10):CD007103.
  16. Schmitt B, Frölich L. (2007). [Creative therapy options for patients with dementia?a systematic review]. Fortschr Neurol Psychiatr., 75(12):699-707. (ドイツ語文献)
  17. 平井タカネ(2006)『ダンスセラピー入門~リズム・ふれあい・イメージの療法的機能』岩崎学術出版社
  18. 町田章一(2012)「ダンスセラピーの概要」『ダンスセラピーの理論と実践~からだと心へのヒーリング・アート』ジアース教育新社