水素水
言説の一般的概念や通念の説明
語句説明
水素水は、水素濃度を高めた水である。主要な生成方法として、加圧下で水素ガスを水に充填する、マグネシウムと水の化学反応により水素分子を発生させて溶存する水素分子濃度を高める、電気分解により発生した水素分子を利用する、などがある。
電気分解により発生した水素分子を利用して生成された水については「電解還元水」「電解水素水」「アルカリイオン水」「アルカリ還元水」「活性水素水」などと呼ばれることもあり1、水素水と同様の概念群とみなされることのある一方で、両者はまったく異なる概念であると主張されることもある2。家庭用管理医療機器に区分される電解水素水においては、(機器によっては)水素以外に含まれている物質が水素水のヒトへの効果に何らかの影響を及ぼしている可能性もある。
本項では、水素水(少なくとも水素水と称されている水)の経口摂取によるヒトへの健康効果言説3について評定する。
俗説を含め、水素水の健康効果として謳われている主張は多岐に渡る。たとえば、パーキンソン病や糖尿病、メタボリックシンドロームやリウマチ、脳梗塞、炎症の抑制、動脈硬化、アンチエイジングなどである4。こうした健康効果が広く謳われるようになったのはごく最近のことで、2012年頃からテレビや雑誌などを中心に取り上げられたことで徐々に一般に広まったとみられ、関連した水素製品も開発・販売されている5。
本評定では、こうした健康効果主張の背景にある根拠として、2021年ごろまでに発表されているランダム化比較試験(RCT)のデータ、およびいくつかのレビュー論文1-2に記載されているヒトを対象とした実験データを中心的に評価する。
2016年に発表されたレビュー論文2によると、2007年から2015年6月までに321件の水素水研究が報告されており、その中でヒトを対象とした研究は32件であった(ランダム化比較試験以外の実験も含まれている)。また、10人以上を対象とした研究は19件で、うちオープンラベル6による研究が9件、単盲検法による研究が1件、二重盲検法による研究は10件である(オープンラベルと二重盲検の両方を行った研究が1件ある)。健康なヒトを対象とした研究は2件であったとされる。
加えて、PubMed(医学文献の国際的なデータベース)や水素水関連の団体などの文献から、国内および海外での水素水飲用による健康効果のランダム化比較試験(RCT)を調査した(2021年6月実施。検索キーワード「hydrogen rich water」「hydrogen water」「rich hydrogen water」)。その結果、最終的に21報の研究3-23が該当し、そのうち「健康な成人」を対象としたRCTは調べた限り10報であった(表1)。
表1 水素水飲用の健康効果のRCT一覧
これらの実験の詳しい結果については「データの再現性」の項目にて述べる。なお、本評定ではヒトを対象とした研究で最も頻繁に(標準的に)用いられるRCTを中心に評価し、げっ歯類や植物を用いた基礎的研究や個別の症例報告などは重視しない。
- 1:電解水素水の生成器については家庭用管理医療機器に区分されている。
- 2:詳細は次のGijika掲示板を参照:https://gijika.com/park/bbs/room/2301/75/tree#2301-80
- 3:この点について、水素水濃度が重要であるとの指摘もあるため(0.5mg/L、 0.5ppm以上。参考:https://www.medi-h2.com/kitei.html)、評定内のデータ(たとえば図2など)において、実験において使用された水素濃度の情報も可能な限り記載している(ただし、そもそも当該論文内にそうした情報が記述されていない場合もある)。
- 4:たとえば、「水素水「効果ゼロ」報道に異議あり!」『週刊文春』2016、p118-120文藝春秋;太田成男(2017)『ここまでわかった水素水 最新Q&A』pp.54-57など。
- 5:山本輝太郎・石川幹人「水素水関連言説における科学コミュニケーションの実態~疑似科学とされるものの科学性評定サイトを媒介して」科学技術社会論学会年次学術大会2016
- 6:オープンラベル研究とは被験者および試験責任者が各被験者に投与されている製剤を知っている状態で実施される試験のことをいい、主要なバイアスの一つであるプラセボ効果の影響を排除できていないため、盲検化された実験よりも客観性がかなり低い。
評定早見表
効果の作用機序を説明する理論の観点
理論の論理性 Ⅾ(低~中)
水素水の健康効果を支える主要な理論的根拠は「抗酸化作用」である。抗酸化作用とは、平易にはヒトの酸化ストレスを抑える作用をいい、このような機能を有する物質を一般に「抗酸化物質」という。抗酸化物質はヒト、食品あるいはそれら以外の様々な物質に酸素が関与する有害な作用を抑制する物質の総称である7。
抗酸化物質が話題を集めているのは、近年、酸化ストレスをもたらす物質である「活性酸素・フリーラジカル」と老化や疾患が強く関係しているとの知見によるものである。一説には、これらが関与しない病態は存在しないとまで言われており24、ゆえに酸化ストレスを抑える抗酸化物質が注目されている。
活性酸素とそれに対する抗酸化作用自体は特異な現象ではなく、生体内で日常的に起きている。しかし、たとえば多量の喫煙や排気ガスの吸入、何らかの疾病に罹患して薬剤を服用するなど要因によって身体が正常でない状況になると、活性酸素種の生成とその消去のバランスが崩れる。すると、活性酸素が過剰に存在している状態、つまり酸化ストレス状態となり、これがさまざまな悪影響を及ぼす原因とされる。
問題は、こうした酸化ストレス状態を改善する機能が「水素水」にあるのか、ということであるが、ヒトに対する影響という意味で、研究結果にバラツキがみられるのが現状である。酸化ストレスを評価する指標はいくつか開発されている(後述)が、ヒトを対象とした水素水の研究では、酸化ストレスが改善した研究と改善していない研究とが混在しており、一貫した結果が得られていない。
たとえば、スポーツ選手を対象とした研究5では、水素水によって運動後の乳酸値抑制効果があったとしている一方で、酸化ストレスを評価する指標(d-ROMs、BAP)には有意な変化がなかった。また、Simら(2020)によるRCT(二重盲検)でも18、抗酸化に関連する指標(BAP、d-ROMs、8-OHdG)すべてにおいて、統計的に有意な差は得られなかった。
なお太田は、生体に悪影響があるヒドロキシラジカルを、細胞に浸透した水素分子が選択的に消去する機構が重要とする説を提唱している25。これは、水素分子が生体に広く「拡散」8する特徴をもとにした理論である。一方、水素水の健康効果がこの理論だけですべて説明できるわけではなく26、今後の実験にもとづいた理論の詳細化や、新たな理論の構築やその理論に基づく実証データが求められるところである。
- 7:抗酸化物質は多岐にわたるが、その多くは植物性の食材から得ることができる。水溶性であれば、ビタミンCや多くのポリフェノール化合物がある。他に、水溶性のアスコルビン酸、脂溶性のトコフェロールやカロテン類等もある。ヒトの場合、抗酸化物質の多くは生体内で合成することができないため食事から補給する必要がある。
- 8:分子状水素の拡散原理は通常の化学の「拡散」と同様と考えられる。ただし、生体における拡散は、体液や細胞内基質における水に浮遊する化学物質の拡散であり、それは基本細胞膜で隔てられている。そのため、拡散は細胞膜で止まるが、一方、水中に溶けている分子状水素については、それが小さいがゆえに細胞膜の手前で水から遊離し、細胞膜を透過し反対側の水にとけ込むのではないか、との推測に基づく説である。
理論の体系性 Ⅾ(低~中)
抗酸化物質や抗酸化作用のヒトに対する影響は先進的な分野であり、現在研究が行われている。ヒト体内における酸化ストレスを測定するための直接的・間接的な指標もいくつか開発されており、たとえば、水素水研究でも用いられているd-ROMsテストは血中ヒドロペルオキシド濃度を間接的に測定する評価指標であり、d-ROMsテスト値が基準値よりも高かった群は、正常値の群と比較して心血管系有病率と死亡率が有意に高いとの報告がある27。ヒト体内の酸化ストレスと疾病の関係についての知見は徐々に集積されているといえる。
水素水の健康効果に関する研究も、こうした抗酸化作用を理論的支柱としつつ評価の指標としているため、その意味では突飛な理論ではないといえる。ただし、ヒトに対する効果という意味において、幅広く謳われている個々の効果に対する理論が十分に整備されていないことが指摘できる。とくに、水素ガスを発生させる腸内細菌が知られており28、そうした腸内細菌を多く有する個人までにも水素水が有効かどうか、有効だとすれば、どの程度の濃度の水素ガスをどのような形で発生させるのがよいのか、実験と連携した理論的な整備が必要である。
理論の普遍性 E(低)
水素水研究では、対象疾患に関する一部の数値改善が効果として報告されている。ただし全般的に、測定したいくつかの指標のうちの一部のみに数値改善が見られたり、一貫した結果が得られていなかったりという課題がある9。たとえばパーキンソン病に対する効果についても、小規模のRCTではポジティブな結果が出ているが、その後の大規模RCTではネガティブな結果に終わっており、現状では普遍性をうたうための立証責任が十分に果たされていないとみなさざるを得ない。
加えて、抗酸化作用などの同一の測定指標を用いてもポジティブな結果が出た研究と出なかった研究があり、水素水のヒトに対する効果を説明する理論として十分な知見が得られているとは言い難い。このまま理論が複雑化していくと「リウマチの場合には酸化ストレスマーカーが下がるがメタボの場合には下がらない……」などとなり、個々の事象ごとに説明を補強する必要がある。つまり、普遍的に誰にでも効くわけではないことは少なくとも明らかであるので、社会的な応用に向けて、どういう個々人に効くのかという理論化が不可欠になっている段階である。水素水飲用の健康効果という意味において、一般消費者に広く活用可能と主張できる理論の確立が、今後の課題といえるだろう。以上より、現時点で普遍性は低評価とする。
実証的効果を示すデータの観点
データの再現性 E(低)
ここではデータとして、水素水の経口摂取による健康効果に関するRCTを調査した(PubMedおよび関連情報より。PubMedを用いた調査は2021年6月実施。検索キーワード:「hydrogen water」「hydrogen rich water」「rich hydrogen water」)。加えて、前掲の研究や国内の研究資料(たとえば科研費報告書)なども調査し、最終的に21報のRCTが該当10した(それぞれの論文については下記、水素水飲用の健康効果のRCTの文献情報を参照されたい)。その詳細を表2に示す。
表2 水素水飲用のRCT詳細
RCTについては盲検化がなされていることが確認でき、一定のバイアスに対する措置が取られていることは評価できる。ただし結果は芳しくなく、主要な指標において再現性を評価できる効果が得られていないのが現状である。抗酸化関連指標、コレステロール関連指標をはじめとして、多くの研究で再現性を評価できる結果が得られていないことがうかがえる。やや肯定的に捉えられるとすれば(健康な成人の運動後の)乳酸値であるが、一方で否定的なデータもあり、そもそもすべての研究でサンプルサイズが非常に小さいため、水素水のヒトへの効果が確かなものであるという判断を下すことは現時点では難しい。一方、水素水飲用によるパーキンソン病効果について、被験者の少ない予備的な研究(n=17)ではやや肯定的な結果が報告されていたが、その後本実験として実施されたサンプルサイズの大きい(n=178)実験では否定的な結果となっているため、現時点では効果を肯定しうるデータがあるとは言い難い。
また、RCT以外の10人以上のヒトを対象とした水素水の経口摂取のデータについても、分子状水素のレビュー論文に基づき掲載する(表3)11。これらについても、たとえば二型糖尿病患者に対する研究では、sdLDLコレステロール値12に有意な減少効果がみられているが、LDL/HDLコレステロール値全体には変化がなかった。また、肝腫瘍患者に対する研究ではQOLスコア13の改善がみられたが、この研究はオープンラベルで主観的な指標を尋ねている。このため、被験者の主観が入りやすく、水素水自体が被験者に効果を及ぼしたかどうかが明確に結論づけにくいことが指摘できる。
表3 ヒトを対象とした水素水効果の実験 ※表1-2と重複あり
論理性の項目で述べたように、研究によって同一の指標に対する効果があったり/なかったりするため、現時点で再現性を高く評価することは難しい。そもそも研究数自体が少なく追試もほとんどないため、再現性を担保するためにも、研究を積み重ねていくことが求められる。さらに、上記のメタボリックシンドロームを対象としたオープンラベルの研究では、一日当たり1.5リットル~2リットルの水素水を飲用させた8週間の実験期間の間に、何種類かの軽度の有害事象が65%の被験者にみられている。腹痛、頭痛、胸やけ、下痢など軽度の症状であるが、当該研究ではこれらの症状と試験物質を関連付けることが“可能である”としている。
以上より、水素水の経口摂取による健康効果について、現時点では信頼できる十分なデータがあるとはいえず、再現性は低評価とする。
- 10:各研究において、可能な場合には「効果量」を算出した。
- 11:文献[2]をもとに、経口摂取で水素水を飲用している研究を抜粋した。そのため、静脈内注入や水素ガス吸引、タブレット形式の錠剤、水素水の人工透析利用などの実験結果は含まれていない。
- 12:sdLDLコレステロールとは、small、dense、LDLコレステロールの略である。sdLDLは冠動脈疾患と強く関連しており、「超悪玉コレステロール」というニックネームで呼ばれることもある。
- 13:この研究では、EORTC(European Organization for Re−search and Treatment of Cancer)QLQ-C30が評価スコアとして用いられている。「長い距離を歩くことに支障がありますか?」「痛みがありましたか?」など、日常生活における健康状態に関する質問に対して自己申告にて記入する。
データの客観性 D(低~中)
再現性で掲載しているヒトを対象とした研究のうち、(否定的な結果がほとんどとはいえ)RCTかつ盲検法で行われた21報の研究の客観性は高いと判定できる(表2)。しかし、全般に研究数やサンプル数、追試が少ないことは課題であり、実際にそうした指摘もなされている30。また、オープンラベルによってなされた実験については、主観的な影響は排除できたと主張するに足る十分なデータとは言い難い。
データと理論の双方からの観点
データ収集の理論的妥当性 D(低~中)
水素水の飲用によって健康効果があるという理論は、水素分子が生体に浸透して細胞で健康によい反応がなされたという構図に基本なっている。その理論に沿った妥当な実験を行おうとすると、生体の各細胞にどの程度の水素分子が行きわたっているかをモニターする必要が生じるが、これ自体がかなり難しい。ミネラルなどの化学物質であれば、生体内の細胞への輸送プロセスを吟味することで各細胞への浸透具合を推定可能であるが、比較的自由に拡散してしまう水素分子の場合は、この推測が困難である。
今後、何らかの細胞内指標が見つかり、水素分子がその細胞内指標を向上させること、そして、その細胞内指標が向上している人では健康効果が生じているといった、実験可能な理論的詳細化がなされれば、妥当性の高い実験が可能となるだろう。
現状の水素水の実験では、何が測定されているかという意味をつかむことが難しい。水素水によって「何らかの健康指標の改善がみられた」といった結果はいくつかの研究から示されるものの、別の研究では再現されないという課題がある。この課題解決には、水素水による水素分子の細胞内浸透が十分でなかったのか、その細胞内浸透は十分だったが細胞内の所定の反応が起きなかったのか、細胞内の所定の反応まで起きたが当該の飲用者には効果がなかったかなど、各段階における到達度合いの識別が必要である。
現状の理論だけでは、理論的に考えられる効果・効能に対応したデータ収集ができないため、理論の発展を模索する段階にある。
理論によるデータ予測性 E(低)
ヒトへの効果という意味では、 水素水による健康効果の理論的支柱は抗酸化作用である。しかし、再現性で述べたように、少なくともこれまでのRCTにおいて、抗酸化関連指標の一部にのみ効果が示されており、理論とデータの対応を改めて検証する必要がある。
さまざまな健康効果があるとされる水素水であるが、今後、「どのような個々人が、水素水をどの程度飲用したら、どのくらい効果があるのか」といった反証可能な理論、およびそれを裏付ける実証データによって、効果が的確に予測される必要があるだろう。
とくに、水を電気分解して単純に水素ガスを取り出すと、同時に酸素ガスも生じてしまうことなどの、理論的問題が未整備である。溶存している水素分子に健康効果があったとしても、酸素分子の増加がその効果を相殺してしまわないか、という素朴な疑問も呈されるからである。水素が一般的な物質であるがゆえに、細胞内に存在する他の物質によってその効果が左右されてしまわないかという理論的な検討(そしてそれを裏付ける実験的な検討)が必要である。
社会的観点
社会での公共性 D(低~中)
ヒトを対象とした研究の個々の論文は専門誌の査読を経ているため公共的である(公共性が高い)といえる。しかし、問題を「水素水業界」でとらえた場合、公共性に大きな疑問が残る。本来、学会で確立した科学的知見に従って、業界団体が水素水の定義、作成方法、流通方法、濃度などの生産・販売のガイドラインを制定すべきところであるが、その段階に至っておらず、混乱している状況に消費者がさらされていると言える。
また、水素水を含む水素関連学会の賛助会員であることを宣伝文句としている一方で、「応用性」で述べるような消費者庁による措置命令が下された業者もあり、「学会」というある種の権威が、問題ある業者に悪用されていることが懸念される。
議論の歴史性 E(低)
水素水研究が活発になったのはごく最近のことである。2007年、有名な科学誌「ネイチャー」に発表された論文がそのきっかけ14とみられている1。ただし、この研究自体は水素ガス吸引による論文であり、本評定で対象としているような水素水の飲用による健康効果とは間接的な関係にとどまる。水素水の健康効果の科学的な議論は、現在も進行していると思われるが、現時点では歴史は浅いため、今後、理論通りの効果が検証されるなど、議論の積み重ねが必要と考えられる。
社会への応用性 E(低)
「有効性がある」としてこれまで報告されている水素水研究の多くは特定疾患に対する限定的な改善効果であり、たとえばパーキンソン病に対する効果など、少人数の予備的実験では有望な結果が出たものの、その後の大規模追試で否定的な結果に落ち着いているものもある。また、「健康な成人」が飲用した場合、抗酸化関連指標への効果は否定的な結果であり、運動関連の指標についてもサンプルサイズが非常に少なく、否定的なデータであったりごく一部の数値改善のみであったりと、一般消費者に適用可能な社会的な応用性の面で課題が残る。ただし、多くの人々が水素ガスを発生させる腸内細菌を持っていることから、水素水の飲用による健康面への悪影響の心配はほとんどなく、安全性については高いとみられる。
また仮に水素に健康効果があった場合も、水素生産菌のように体内の菌類を利用する手法も考えられるため、水素をどのような形式で取り入れるかについては議論の余地がある。これについては腸内よりも肺を通しての方が、水素が血管に至りやすいとする指摘もあるため、水素水の形式で消費者に提供されることのメリットもある可能性があり、今後の研究知見によって変わりうる。
ただし、そもそも市販されている水素水商品のいくつかでは「水素水」と表示されているにもかかわらず水素が検出されないといった問題が指摘されている34-35。水素分子は小さくて軽く、ペットボトルのような保存法では濃度が一定に保てず、消費者が手に入りやすい形で、十分に水素水が入った商品を製造する難しさもある。
なお、2021年3月、消費者庁は水素水生成器販売会社4社に対し、景品表示法違反(優良誤認)として措置命令を下した36。これは、一定の濃度のある水素水を飲用することによって「老化防止効果」「炎症やアレルギーの抑制効果」などの科学的な効果があることを消費者向けに宣伝、標ぼうしていたことに対して行われた措置である。消費者庁が当該表示の裏付けとなる合理的な根拠を示す資料の提出を求めたところ、3社から資料が提出されたが、消費者庁は当該資料を「いずれも、当該表示の裏付けとなる合理的な根拠を示すものとは認められないものであった」と判断している。
また2023年4月、「ストレスを抱えている女性の睡眠をサポートする」として水素ゼリーが機能性表示食品として届け出がなされた(国による審査はなく、企業の自己責任で届け出る制度)。しかし、元の論文を調査したところ(Nishide, et al. 2020)37、データとしての深刻な問題が散見される。まず当該論文では、睡眠に関する自己評定式の主観的尺度において効果を測定しているが、全5因子(16項目)のうちの1つの因子(睡眠時間の自己評定)にしか有意差はなく、因子全体として効果が認められたとは言い難い。また、当該実験ではランダム化比較試験の体裁がとられているものの、実験開始前の時点で被験者の「年齢」および「有意差があったとされる因子」に有意差が生じてしまっており、これではランダム性が意味をなさない(おそらく、当該因子においてはさまざまな面で「ゆらぎ」が大きいものと思われる)。さらに、実験開始前の段階で申請され、測定されていたはずの気分や心理ストレスの報告が当該論文では報告されておらず、いわゆる「チェリーピッキング」が疑われる。
実際、これらの実験方法、および結果などについての問題点が「機能性表示食品論文評価委員会」により指摘されている38。
そのため、単に「十分な濃度の水素が含まれているか」だけでなく、現時点では科学的効果が不確かにもかかわらず科学的効果を標ぼうする水素水の商品が販売されていることに対して警鐘を鳴らしていく必要がある。同時に水素水がビジネスになるためには、「水素を十分に含有した水素水に(商品効果として標ぼうできうる)健康効果があるか」という科学的効果の検証も積み重ねていくことが必要である。
総評 疑似科学
水素水の効果を医学的に研究する試みは現在も行われており、個々の研究自体は疑似科学とは言えない(そもそも評定対象ではない)。ただし、RCTなどの厳密な実験データを調べると、多くは否定的な結果に落ち着いており、どのような効果についても、効果があると判定するためにはさらなる知見の積み重ねが求められる。水素水の理論的支柱である抗酸化作用についても肯定的なデータが少なく、この段階で「水素水の作用によって○○効果がある」とは言い難い。
医学的な研究として分子状水素に取り組む科学的意義は認められるとしても、(応用性で述べたように)「水素を十分に含有した水素水に健康効果があるか」という科学的効果に対しては、今後、理論とデータの両面での究明がさらに必要である。現時点で科学的な健康効果をうたった商品が販売されていれば、その広告は疑似科学的言説と捉えるのが相当である。
【作成】構築チーム 山本輝太郎(金沢星稜大学)
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