水素水
言説の一般的概念や通念の説明
語句説明
水素水は、水素濃度を高めた水である。主要な生成方法として、加圧下で水素ガスを水に充填する、マグネシウムと水の化学反応により水素分子を発生させて溶存する水素分子濃度を高める、電気分解により発生した水素分子を利用する、などがある1。電気分解により発生した水素分子を利用して生成された水については「電解還元水」「電解水素水」「アルカリイオン水」「アルカリ還元水」「活性水素水」などと呼ばれることもあり1、水素水と同様の概念群とみなされることのある一方で両者はまったく異なる概念であるとの意見もあるが2、実態ははっきりしない3。実際、下記の水素水のレビュー論文2では活性水素水や電解水素水が水素水研究史の一部として記述されており、他の水素水関連論文1においても、電気分解の利用による生成法が「水素水の生成方法として」記述されているが、一方で、家庭用管理医療機器に区分される電解水素水においては、水素以外の他の要因の影響による効果が否定できない可能性もある。
本項では「水素水の経口摂取によるヒトへの健康効果」の言説について評定する。
(俗説としてではあるが)水素水の健康効果として謳われている主張は多岐に渡る。たとえば、パーキンソン病や糖尿病、メタボリックシンドロームやリウマチ、ED(勃起不全)やアンチエイジング、がんへの予防効果などである4。こうした健康効果が広く謳われるようになったのはごく最近のことで、2012年頃からテレビや雑誌などを中心に取り上げられたことで徐々に一般に広まったとみられる。関連した水素製品も開発・販売されている5。
本評定では、こうした健康効果主張の背景にある根拠として、以下の2件の包括的レビューに記載されているヒトを対象とした実験データおよび、それ以降以前も含めて網羅的に調査した2021年6月時点で発表されているランダム化比較試験(RCT)のデータを中心的に評価する。
1)Ichihara et al. “Beneficial biological effects and the underlying mechanisms of molecular hydrogen–comprehensive review of 321 original article”, Medical Gas Research, 2015
2)Nicolson et al. “Clinical Effects of Hydrogen Administration: From Animal and Human Diseases to Exercise Medicine”, International Journal of Clinical Medicine, 2016
上記1)、2)によると、2007年から2015年6月までに321件の水素水研究が報告されており、その中でヒトを対象とした研究は32件とされている(ランダム化比較試験以外も含まれる)。また、10人以上を対象とした研究は19件で、うちオープンラベル6による研究が9件、単盲検法による研究が1件、二重盲検法による研究は10件である(オープンラベルと二重盲検の両方を行った研究が1件ある)。健康なヒトを対象とした研究は2件であった。
加えて、その後の知見もみるために今回、医学文献の世界的なデータベースであるPubMedを用いて、国内および海外での水素水飲用による健康効果のランダム化比較試験(RCT)を調査した(2021.6.14実施。検索キーワード「hydrogen rich water」「hydrogen water」「rich hydrogen water」)。その結果、合計14報の研究が該当し、2021年6月時点において、「健康な成人」を対象としたRCTは調べた限り5報であった(下図1)。なお、当該実験の詳しい結果については「データの再現性」の項目にて述べる。
図1 水素水飲用の健康効果のRCT一覧
以上のデータをもとに評定を行う。なお、本評定ではヒトを対象とした研究のゴールドスタンダードであるRCTを中心に評価し、げっ歯類や植物を用いた基礎的研究や個別の症例報告などは重視しない。
- 1:なお、電界電解水の生成器については家庭用管理医療機器に区分されている。
- 2:詳細は次のGijika掲示板を参照:https://gijika.com/park/bbs/room/2301/75/tree#2301-80
- 3:この点について、水素水濃度が重要であるとの指摘もあるため(0.5mg/L, 0.5ppm以上。参考:https://www.medi-h2.com/kitei.html)、評定内のデータ(たとえば図2など)において、実験において使用された水素濃度の情報も可能な限り記載している(ただし、そもそも当該論文内にそうした情報が記述されていない場合もある)。
- 4:たとえば、藤吉雅春「大流行「水素水」でセックスレス解消!」『週刊文春』2012,p146-149文藝春秋;「水素水「効果ゼロ」報道に異議あり!」『週刊文春』2016,p118-120文藝春秋;「水マニアが教えます!水の種類と効果・効能」http://umai-mizu.com/entry5.html
- 5:山本輝太郎・石川幹人「水素水関連言説における科学コミュニケーションの実態~疑似科学とされるものの科学性評定サイトを媒介して」科学技術社会論学会年次学術大会2016
- 6:オープンラベル研究とは、被験者および試験責任者が各被験者に投与されている製剤を知っている状態で実施される試験のことをいう。
評定早見表
効果の作用機序を説明する理論の観点
理論の論理性 E(低)
水素水の健康効果を支える理論的根拠は「抗酸化作用」である。抗酸化作用とは、平易にはヒトの酸化ストレスを抑える作用をいい、このような機能を有する物質を一般に「抗酸化物質」という。抗酸化物質はヒト、食品あるいはそれら以外の様々な物質に酸素が関与する有害な作用を抑制する物質の総称である7。
抗酸化物質が話題を集めているのは、近年、酸化ストレスをもたらす物質である「活性酸素・フリーラジカル」と老化や疾患が強く関係しているとの科学的知見によるものである。一説には、これらが関与しない病態は存在しないとまで言われており3、ゆえに酸化ストレスを抑える抗酸化物質が注目されている。
活性酸素とそれに対する抗酸化作用自体は特異な現象ではなく、生体内で日常的に起きている。しかし、たとえば多量の喫煙や排気ガスの吸入、何らかの疾病に罹患して薬剤を服用するなど要因によって身体が正常でない状況になると、活性酸素種の生成とその消去のバランスが崩れる。すると、活性酸素が過剰に存在している状態、つまり酸化ストレス状態となり、これがさまざまな悪影響を及ぼす原因とされるである。
問題は、こうした酸化ストレス状態を改善する機能が「水素水」にあるのか、ということであるが、先に挙げた2015年6月までのヒトを対象とした研究では結果にバラツキがみられる。酸化ストレスを評価する指標はいくつか開発されている(後述)が、ヒトを対象とした水素水の研究では、酸化ストレスが改善した研究と改善していない研究とが混在しており、一貫した結果が得られていない。
たとえば、スポーツ選手を対象とした研究4では、水素水によって運動後の乳酸値抑制効果があったとしている一方で、酸化ストレスを評価する指標(d-ROMs、BAP)には有意な変化がなかった。また、リウマチ患者に対するオープンラベルの研究5では、酸化ストレスマーカー(8-OHdG)への抑制効果があったが、別のメタボリックシンドローム患者に対する研究6では同じ測定指標(8-OHdG)に対して有意な変化がみられていない。
その後の研究でも同様であり、たとえばSimら(2020)によるRCT(二重盲検)でも、抗酸化に関連する指標(BAP、d-ROMs、8-OHdG)すべてにおいて、統計的に有意な差は得られなかった。
- 7:抗酸化物質は多岐にわたるが、その多くは植物性の食材から得ることができる。水溶性であれば、ビタミンCや多くのポリフェノール化合物がある。他に、水溶性のアスコルビン酸、脂溶性のトコフェロールやカロテン類等もある。ヒトの場合、抗酸化物質の多くは生体内で合成することができないため食事から補給する必要がある。
理論の体系性 Ⅾ(低~中)
抗酸化物質や抗酸化作用のヒトに対する影響は先進的な分野であり、現在盛んに研究が行われている。関連して、ヒト体内における酸化ストレスを測定するための直接的・間接的な指標もいくつか開発されている。たとえば、水素水研究でも用いられているd-ROMsテストは血中ヒドロペルオキシド濃度を間接的に測定する評価指標であるが、d-ROMsテスト値が基準値よりも高かった群は、正常値の群と比較して心血管系有病率と死亡率が有意に高いとの報告がある7。ヒト体内の酸化ストレスと疾病の関係についての知見は徐々に集積されているといえる。
一方、水素水の健康効果に関する研究も、こうした抗酸化作用を理論的支柱としつつ評価の指標としているため、その意味では突飛な理論ではないといえる。ただし、ヒトを対象にした研究の場合、水素水における抗酸化作用については一致した見解に至っていないため、評価を割り引く必要がある。特に、水素分子がどのように体内で抗酸化作用を引き起こしているかについての作用機序が明確でないことは問題である。
理論の普遍性 E(低)
水素水研究では、対象疾患に関する一部の数値改善が効果として報告されている。ただし全般的に、測定したいくつかの指標のうちの一部のみに対する数値改善であったり、一貫した結果が得られていないといった問題がみられ、限定的な疾患のごく一部の数値改善効果が示されるに留まっている。また、一般に流布している「がんへの予防効果」「ED(勃起不全)に対する効果」「アンチエイジング効果」「ダイエット効果」を示すヒトを対象としたRCTは調べた限り見当たらなかった(2021年6月時点)。
これまで報告されている研究の多くは「病気のヒト」を対象とした医学研究であるが、健康なヒトを対象にした研究に「スポーツ選手(サッカー選手10人)の筋肉疲労改善効果」がある4。この研究では、運動前の水素水の飲用によって疲労原因物質とされている乳酸値(lactate)抑制効果が得られているが、一方で水素水言説の理論である酸化ストレス指標(d-ROMs、BAP)には有意な変化はなかったとされている。また、ポジティブな効果として述べられている乳酸値抑制についても、近年のスポーツ科学分野において「乳酸で疲労する」という知見自体に懐疑的な見解があることもあり8、一義的に「効果があった」と言い切れない実態がある。
抗酸化作用について同一の測定指標を用いても結果が出るものと出ないものがあり、ヒトに対する効果を支える理論の不確かさがうかがえる。このまま理論が複雑化していくと「リウマチの場合には酸化ストレスマーカーが下がるがメタボの場合には下がらない……」といった繰り返しとなり、後づけの理論補強がいくらでも可能になってしまうため科学的とはいえない。
以上より、普遍性は低評価とする
実証的効果を示すデータの観点
データの再現性 E(低)
再現性評価の前提として、語句説明にて挙げた水素水の包括的研究1)をもとに、10人以上のヒトを対象とした水素水実験※(19報)のおおまかな概要を以下に示す(2015年6月時点)。なおここには、RCTではなく「ランダム化されていない比較試験」も含まれている。
対象 | 主な測定項目 | 実施年度 | 被験者数 | 実験形式 |
---|---|---|---|---|
メタボリックシンドローム患者 | 酸化ストレス評価値やコレステロール値など | 2010年 | 20人 | オープンラベル |
慢性腎不全患者 (※水素利用の人工透析) | 酸化ストレス評価値 | 2010年 | 29人 | オープンラベル |
肝腫瘍患者 | QOLスコア8 | 2011年 | 49人 | オープンラベル |
ミオパチー患者9 | 生理指標(乳酸値など) | 2011年 | 31人 | オープン/二重盲検 |
リウマチ症患者 | 活動性評価(DAS28) | 2012年 | 20人 | オープンラベル |
脂質異常症患者 | コレステロール値など | 2013年 | 20人 | オープンラベル |
圧迫性皮膚潰瘍患者 | 創傷サイズや回復期間 | 2013年 | 22人 | オープンラベル |
紫外線皮膚損傷患者 (※水素ガスによる効果) | いくつかの生理指標 | 2013年 | 28人 | オープンラベル |
脳虚血患者 (※静脈内注入) | 酸化ストレス評価値 | 2013年 | 38人 | オープンラベル |
軟部組織損傷患者 (※水素が豊富な錠剤) | 回復期間や血液粘稠度 | 2014年 | 36人 | 単盲検法 |
二型糖尿病患者 | コレステロール値など | 2008年 | 30人 | 二重盲検法 |
健康な男性スポーツ選手 | 筋肉疲労や酸化ストレス評価値 | 2012年 | 10人 | 二重盲検法 |
パーキンソン病患者 | 病態評価(UPDRS) | 2013年 | 17人 | 二重盲検法 |
間質性膀胱炎患者 | ※有意な治療効果なし | 2013年 | 30人 | 二重盲検法 |
リウマチ症患者 (※静脈内注入) | 活動性評価(DAS28)や酸化ストレス評価値 | 2014年 | 24人 | 二重盲検法 |
健康なボランティア | 血管内皮機能 | 2014年 | 34人 | 二重盲検法 |
代謝性アシドーシス患者 | 血中アルカリ度 | 2014年 | 52人 | 二重盲検法 |
慢性B型肝炎患者 | 酸化ストレス評価値 | 2014年 | 60人 | 二重盲検法 |
脂質異常症患者 | コレステロール値など | 2015年 | 68人 | 二重盲検法 |
まず、これまで報告されているヒトを対象とした水素水研究の多くは、特定疾患に対する限定的な数値改善であることが指摘できる。上記の研究の中で「健康なヒト」を対象とした研究は2報である。
たとえば、上記の二型糖尿病患者に対する研究9では、sdLDLコレステロール値10に有意な減少効果がみられているが、LDL/HDLコレステロール値全体には変化がなかったとしている。また、肝腫瘍患者に対する研究10ではQOLスコアの改善がみられたとしているが、統計処理をしているとはいえ、オープンラベルでの研究ということから推定すると事実上かなり主観に頼った指標であると思われ、「何に対して効果があったのか」が明確でないことが指摘できる。
個々の研究同士で再現性のある結果が示されていないことも問題である11。論理性の項目で述べたように、研究によって同一の指標に対する効果があったり/なかったりするため、再現性を高く評価することはできない。そもそも研究数自体が少なく追試もほとんどないため、全般的に再現性がきちんと担保されているともいえない。
さらに、上記のメタボリックシンドローム患者を対象としたオープンラベルの研究では、一日当たり1.5リットル~2リットルの水素水を飲用させた8週間の実験期間の間に、何種類かの軽度の有害事象が65%の被験者にみられている。腹痛、頭痛、胸やけ、下痢など軽度の症状であるが、当該研究ではこれらの症状と試験物質を関連付けることが“可能である”としている。
続いて、2015年以降のデータも見るために、「経口摂取による水素水の健康効果に関するRCT」をPubMedを用いて調査した(2021年6月14日実施。検索キーワード:「hydrogen water」「hydrogen rich water」「rich hydrogen water」)。加えて、前掲の研究や国内の研究資料(たとえば科研費報告書)なども改めて調査し、最終的に14報のRCTが該当した(それぞれの論文については下記、水素水飲用による健康効果のRCTの文献情報を参照されたい)。その詳細を図2に示す。
図2 水素水飲用の健康効果のRCT(詳細版)
該当したすべての研究で盲検化がなされており、一定のバイアスに対する措置が取られていることは評価できる。ただし結果は芳しくなく、主要な指標において再現性を評価できる効果が得られていないものがほとんどであると思われる。たとえば、水素水飲用によるパーキンソン病効果について、被験者の少ない予備的な研究(n=17)ではやや肯定的な結果が出たが、その後本実験として実施された、サンプルサイズの大きい(n=178)より厳密な実験では否定的な結果となっている。
これまでのRCTの結果を主要な測定指標ごとに簡易的にまとめると下図3のようになる。図中〇は当該論文内にて一定の有効性が示されたという意味であり、△は分析や下位指標ごとに結果にばらつきがみられたという意味、×は有効性が示されなかったという意味である。抗酸化関連指標、コレステロール関連指標をはじめとして、多くの研究で再現性を評価できる結果が得られていないことがうかがえる。やや肯定的に捉えられるとすれば(健康な成人の運動後の)乳酸値であるが、一方で否定的なデータもあり、そもそもすべての研究でサンプルサイズが非常に小さいため確かな知見を見出すのは困難である。
図3 各RCT結果の簡易まとめ
以上より、水素水の経口摂取による健康効果について、現時点では信頼できる十分なデータがあるとはいえず、再現性は低評価とする。
- 8:この研究では、EORTC(European Organization for Re−search and Treatment of Cancer)QLQ-C30が評価スコアとして用いられている。「長い距離を歩くことに支障がありますか?」「痛みがありましたか?」など、日常生活における健康状態に関する質問に対して自己申告にて記入する。
- 9:ミオパチーとは、筋肉の病気のうち、筋自身に原因がある疾患の総称である。この研究では、「炎症性ミオパチー」および「ミトコンドリアミオパチー」患者が対象となっている。
- 10:sdLDLコレステロールとは、small,dense,LDLコレステロールの略である。sdLDLは冠動脈疾患と強く関連しており、「超悪玉コレステロール」というニックネームで呼ばれることもある。
- 11:データが一貫しない背景として、多重比較への補正が十分でない可能性が考えられる。実際、上記研究においても補正に関する記述がなかったものがいくつかみられる。
データの客観性 D(低~中)
データと理論の双方からの観点
データ収集の理論的妥当性 D(低~中)
RCT(盲検法)にてデータ収集が行われている研究の妥当性は基本的には高い。しかし、水素水研究では何が測定されているかという意味をつかむことが難しい。特に、追試が少ないため本当に妥当なデータであるかどうか断定できないことは問題である。
水素水によって「何らかの指標改善がみられた」といった結果はいくつかの研究から示されるものの、別の研究では再現されないなどの問題だけでなく、理論的に考えられる効果・効能に対応したデータ収集がなされておらず、妥当性に疑問が残る。
理論によるデータ予測性 E(低)
水素水による健康効果の理論的支柱は抗酸化作用である。しかし、再現性で述べたように、少なくともこれまでのRCTにおいて、抗酸化関連指標の多くは否定的な結果に終わっており、理論とデータが不一致であることがうかがえる。抗酸化作用を理論的背景とするのであれば「どのような対象が、どのくらいの水素水を飲用した場合、どの程度の抗酸化作用があるか」が問題となるが、現状、こうした予測性は低い。
社会的観点
社会での公共性 D(低~中)
議論の歴史性 E(低)
水素水研究が活発になったのはごく最近のことである。2007年、有名な科学誌「ネイチャー」に発表された論文がそのきっかけとみられている15。ただし、この研究自体は水素ガス吸引による論文である。科学的な議論における水素水の健康効果については現在も進行していると思われるが、現時点では歴史は浅いため、評価も低くならざるを得ない。
- 12:なお、水素水が日本において社会的に話題となったのは2012年頃からであり、以降ワイドショーや週刊誌にて好意的に紹介されている。逆に、水素水の健康効果について懐疑的にみる向きが表面化したのは2016年5月頃だと思われる。具体的には、産経ニュース(5月14日)にて水素水効果に批判的な記事が書かれたことがきっかけであると推定され、その後、いくつかの続報が報じられている。16-18
社会への応用性 E(低)
「有効性がある」としてこれまで報告されている水素水研究の多くは特定疾患に対する限定的な改善効果であり、たとえばパーキンソン病に対する効果など、その後の大規模追試で否定的な結果に落ち着いているものもある。また、「健康な成人」が飲用した場合における効果については、抗酸化関連指標は否定的な結果であり、運動関連のいくつかの指標についてもサンプルサイズが非常に少なく、否定的なデータもあったりといった大きな問題を抱えている。
また、仮に水素に健康効果があったとしても、「水素水」の形式で飲用することのメリットは薄いように思われる。たとえば、「水素生産菌」を利用した製品19のように、体内の菌類を活用するほうが理屈として理にかなっており、水に溶けにくい水素をわざわざ「水素水」として取り入れる積極的な理由を見出せない。
関連して、市販されている水素水商品のいくつかでは、「水素水」と表示されているにもかかわらず水素が検出されないといった問題が指摘されている20-21。水素分子は小さくて軽く、ペットボトルのような保存法では濃度が一定に保てないという原理的な欠陥も指摘でき、応用性を高く評価できない。
2021年3月、消費者庁は水素水生成器販売会社4社に対し、景品表示法違反(優良誤認)として措置命令を下した(参考:消費者庁ウェブサイトhttps://www.caa.go.jp/notice/entry/023608/)。これは、一定の濃度のある水素水摂取による「老化防止効果」「炎症やアレルギーの抑制効果」などの効果標ぼうに対して行われた措置である。消費者庁が当該表示の裏付けとなる合理的な根拠を示す資料の提出を求めたところ、3社から資料が提出されたが、消費者庁は当該資料を「いずれも、当該表示の裏付けとなる合理的な根拠を示すものとは認められないものであった」と判断している。そのため、水素水の問題は単に「十分な濃度の水素が含まれているか」だけでなく、「水素を十分に含有した水素水に(商品効果として標ぼうできうる)健康効果が本当にあるか」といった面からも検討が必要である。
総評 疑似科学
水素水の効果を医学的に研究する試みは現在も行われており、個々の研究自体は疑似科学とはいえない。ただし、RCTなどの厳密な実験データを調べると、多くは否定的な結果に落ち着いており(2021年6月時点)、どのような効果についても信頼できる十分なデータがあるとはいえない。水素水の理論的支柱である抗酸化作用についても否定的なデータであるため、この段階で「抗酸化作用によって○○効果がある」と主張するのは問題だろう。医学的な“研究対象”としての水素水研究は否定しないが、(応用性で述べたように)「水素を十分に含有した水素水に健康効果があるか」といった面に対しては懐疑的にならざるを得ない。
参考文献
- Ichihara et al. “Beneficial biological effects and the underlying mechanisms of molecular hydrogen–comprehensive review of 321 original article”, Medical Gas Research, 2015
- Shigeo Ohta "Recent Progress Toward Hydrogen Medicine: Potential of Molecular Hydrogen for Preventive and Therapeutic Applications", Curr Pharm Des, Vol.17, No.22, pp.2241–2252, 2011.
- 関泰一「d-ROMSテストによる酸化ストレス総合評価」『生物試料分析』2009
- Aoki et al. Pilot study: Effects of drinking hydrogen-rich water on muscle fatigue caused by acute exercise in elite athletes, Medical Gas Research, 2012
- Ishibashi et al. Consumption of water containing a high concentration of molecular hydrogen reduces oxidative stress and disease activity in patients with rheumatoid arthritis: an open-label pilot study, Medical Gas Research, 2012
- Nakao et al. Effectiveness of Hydrogen Rich Water on Antioxidant Status of Subjects with Potential Metabolic Syndrome – An Open Label Pilot Study, J. Clin. Biochem. Nutr, 2010
- Vassalle et al. Elevated hydroperoxide levels as a prognostic predictor of mortality in a cohort of patients with cardiovascular disease, Int. J. Cardiol., 2005
- 谷健太、片平誠人「クールダウンの生理学的効果に関する文献的考察」『福岡教育大学紀要』2012
- Kajiyama et al. Supplementation of hydrogen-rich water improves lipid and glucose metabolism in patients with type 2 diabetes or impaired glucose tolerance, Nutrition Research, 2008
- Kang et al. Effects of drinking hydrogen-rich water on the quality of life of patients treated with radiotherapy for liver tumors, Medical Gas Research, 2011
- 松永和紀「水素水、「ニセ科学」と切り捨ててはいけないが、エビデンスありとは言い難い」FOOCOM.NET2016
- 山形大学理学部物質生命化学科 天羽研究室「水素水の宣伝をニセ科学と呼ぶしかない理由(2016/02/20)」
- samakikakuの今日もワハハ「分子状水素臨床工学研究会から抗議文書が来た!」
- togetter「いま注目の水素水商法!(消費者行政・適格消費者団体的に)」
- 前掲書G. L. Nicolson et al. “Clinical Effects of Hydrogen Administration: From Animal and Human Diseases to Exercise Medicine”, International Journal of Clinical Medicine, 2016
- 平沢裕子「美容、ダイエットと何かと話題の「水素水」実はかつてブームを巻き起こした「あの水」と同じだった…」産経ニュース2016
- 産経ニュース「有効性に信頼できる十分なデータが見当たらない 国立健康・栄養研究所が見解」2016
- J-CASTニュース「水素水に「有効データ見当たらない」 国立研究所「発表」が論争にピリオド?」2016
- 協同乳業「ミルクde水素」
- J-CASTニュース「水素水「やっぱりただの水」国民生活センター調査の唖然」2016
- 深笛義也「水素水に国が「効果なし」警告、業界が一斉反発で異例バトル「テストに疑義」「言語道断」」Business Journal, 2017
データの観点において検討した水素水飲用による健康効果のRCTの文献情報一覧
- Kajiyama et al. Supplementation of hydrogen-rich water improves lipid and glucose metabolism in patients with type 2 diabetes or impaired glucose tolerance, Nutr Res, 28(3), pp.137-143, 2008
- Ito et al. Open-label trial and randomized, double-blind, placebo-controlled, crossover trial of hydrogen-enriched water for mitochondrial and inflammatory myopathies, Med Gas Res, 1(1):24, 2011
- Aoki et al. Pilot study: Effects of drinking hydrogen-rich water on muscle fatigue caused by acute exercise in elite athletes, Medical Gas Research, 2012
- Yoritaka et al. Pilot Study of H2 therapy in Parkinson’s Disease: A Randomized Double-Blind Placebo-Controlled Trial, Movement Disorders, 2013
- Xia et al. Effect of Hydrogen-Rich Water on Oxidative Stress, Liver Function, and Viral Load in Patients with Chronic Hepatitis B, Clinical and Translational Science, 2013
- Matsumoto et al. Effect of supplementation with hydrogen-rich water in patients with interstitial cystitis/painful bladder syndrome, Urology, 81(2), pp.226-230, 2013
- Song et al. Hydrogen Actives ATP-Binding Cassette Transporter A1-Dependent Efflux Ex Vivo and Improves High-Density Lipoprotein Function in Patients With Hypercholesterolemia: A Double-Blinded, Randomized, and Placebo-Controlled Trial, J Clin Endocrinol Metab, 2015
- Yoritaka et al. A randomized double-blind multi-center trial of hydrogen water for Parkinson's disease: protocol and baseline characteristics, BMC Neurol, 2016
- Cheong et al. Acute ingestion of hydrogen-rich water does not improve incremental treadmill running performance in endurance-trained athletes, Appl Physiol Nutr Metab, 45(5), pp.513-519, 2020
- Botek et al. Hydrogen Rich Water Improved Ventilatory, Perceptual and Lactate Responses to Exercise, Int J Sports Med, 40(14), pp.879-885, 2019
- Korovljev et al. Hydrogen-rich water reduces liver fat accumulation and improves liver enzyme profiles in patients with non-alcoholic fatty liver disease: a randomized controlled pilot trial, Clin Res Hepatol Gastroenterol, 43(6), pp.688-693, 2019
- Mikami et al. Drinking hydrogen water enhances endurance and relieves psychometric fatigue: a randomized, double-blind, placebo-controlled study, Can J Physiol Pharmacol, 97(9), pp.857-862, 2019
- Sim et al. Hydrogen-rich water reduces inflammatory responses and prevents apoptosis of peripheral blood cells in healthy adults: a randomized, double-blind, controlled trial, Sci Rep, 10(1):12130, 2020
- LeBaron et al. The Effects of 24-Week, High-Concentration Hydrogen-Rich Water on Body Composition, Blood Lipid Profiles and Inflammation Biomarkers in Men and Women with Metabolic Syndrome: A Randomized Controlled Trial, Diabetes Metab Syndr Obes, 13, pp.889-896, 2020