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マイナスイオン

言説の一般的概念や通念の説明

語句説明

マイナスイオンは「大気中に浮遊する微粒子における、マイナスの電気を帯びた大気イオン」のことをいう1。俗に、ヒトに対して「リフレッシュ効果や癒し効果がある」「健康効果がある」などといわれ、本項ではこうした効果について評定する。なお、「マイナスイオン」という表記は厳密な意味での学術用語ではなくいわゆる造語にあたる2

マイナスイオンの効果については、抗酸化作用を標ぼうしているものから、神経系への作用(副交感神経を活性化する)、免疫機構への働き、血液の浄化作用、有害な電磁波を防ぐ、あるいは植物の生長促進といったものまでさまざまな主張が林立している状態である3。その中で本項目では、次の2件に記載された研究を背景に評定を行う。

1)Perez et al., Air ions and mood outcomes: a review and meta-analysis, BMC Psychiatry, 13-29, 2013.
2)Alexander et al., Air ions and respiratory function outcomes: a comprehensive review, Journal of Negative Results in BioMedicine, 12-14, 2013.

これらは、1)マイナスイオンによる「精神・心理的効果」について、2)マイナスイオンによる呼吸機能を中心とした「身体的効果」についてのメタ分析研究(システマティクレビュー)である。1)は1957年から2012年まで合計33のヒトを対象とした研究を、2)は1933年から1993年までの合計23のヒトを対象とした研究を系統的に分析している。なお、メタ分析/システマティックレビューとは、研究対象についてこれまで行われてきたすべての研究を包括的に調査・分析するものである。そのため、マイナスイオンによる効果を推し量る場合、これら2件の研究を中心に据えれば、少なくとも2013年時点までのデータは総ざらいしていることになる。

あらかじめ結論のみ簡潔に説明すると、研究1)ではマイナスイオンを浴びた場合の効果として、季節性気分障害患者1に対する抑うつ作用は認められたが、(健康なヒトを含んだ他の対象への)不安(anxiety)、気分(mood)、リラクゼーション(relaxation)や睡眠(sleep)、個人的な快適さ(personal comfort)などの効果に関しては首尾一貫したデータが得られておらず、効果を認めるのに十分な根拠はないとしている。また、研究2)では、マイナスイオンによる身体的な効果(たとえば代謝機能、痛みの緩和、喘息症状など)はないと結論付けている。なお、本評定の対象は発生器などを用いて「マイナスイオンを浴びた状態による効果」であって、マイナスイオンブレスレットやマイナスイオン水などの、そもそもイオンの発生がほとんど期待できないものは対象外である。

  1. 1:季節性気分障害とは、季節の移り変わりによって「うつ症状」がみられる気分障害である。「冬季うつ病」「季節性情動障害」などともいう。具体的な症状には、倦怠感や気力の低下、過食、仮眠がある。冬に発症する場合、春ごろになると回復する、といったサイクルを繰り返す。治療方法として光療法(照射療法)や日光浴、抗うつ薬などが有効とされる。

効果の作用機序を説明する理論の観点

理論の論理性 E(低)

マイナスイオンによる健康効果として主張されるものを大まかにまとめると、心身のリラックス作用、疲労回復、ストレス解消、自然治癒力の向上、アトピー性皮膚炎の症状改善、睡眠効果、ぜんそくの治癒、眼精疲労の改善、免疫力向上などとなる4。非常に多岐に渡る効果が謳われているが、どのようにしてマイナスイオンが効くのか、といった作用機序は明確でない。「マイナスイオンは健康によい」というイメージに合わせた形で理論が形成されているが、「プラスとマイナスのイオンバランス」5などの検証されていない独自の概念によって正当化されている面があり、論理性は低い。

また、マイナスイオン概念について、多くの文献では「大気中にあるマイナスの電気を帯びた大気イオン」と定めているが、中には「電子(e-)」それ自体と定義しているものもあり6、一致した見解に至っていない。さらに、マイナスイオンの健康効果に紐づけてプラスイオン=悪というイメージが付与されることがしばしばあるが、その背景として自動車の排気ガス、ごみ焼却時のダイオキシン、工場から排出される煤煙などの原理の、異なる問題が一緒くたにされたまま前提化されており、合理的な説明とはいえない。

理論の体系性 E(低)

中や滝の付近では「精神的にリラックスする(人もいる)」ことの原因を大気中の負の荷電粒子に求めていると推定できる。地面がマイナスに帯電しているという事実から、大気中に浮遊物が多い環境に負の荷電粒子が多いのは納得できる。しかし、それなら滝の近くだけでなく、負の荷電粒子が多い砂埃が舞う砂漠も「リラックスできて健康によい」と理論化できてしまう7

個人的な趣向の問題なので、仮に砂塵の舞う砂漠でリラックスする人がいたとしても何ら不思議はない。しかし、そうした条件の考察よりも、現代の文明社会における問題を強調する、いわゆる「自然信仰」がマイナスイオン効果の主張の背景では多々見受けられる。いくつかの文献ではたとえば、「遺伝子組換え作物の開発」や「農薬の散布」を環境に対する汚染の問題とみなしているが8、これは一面的な見方に過ぎない。先のような条件を細かく吟味しているとはいえず、体系的な説明に欠けていると言わざるを得ない。

理論の普遍性 E(低)

主張されているマイナスイオンの効果をみると万人に広く与えられる普遍性の高い理論のようにみえる。しかし実際、データによる裏付けを得ているのは精神疾患患者に対する抑うつ作用というかなり限定的な効果のみである。謳われている理論に対するデータ的な支えが乏しいと判断でき、普遍性を装っていると評価する。

実証的効果を示すデータの観点

データの再現性 D(低~中)

ここでは、マイナスイオンの健康効果に関する二つの研究((Perez et al., 2013)および(Alexander et al., 2013))を基にしながら再現性を評定する。語句説明にて記載している通り、これらはデータとして信頼性が高いとされるシステマティックレビュー/メタ分析研究であり、それぞれ複数のRCT研究(ランダム化比較対照試験)を統一的に分析している。なお(Perez et al,2013)では、「不安(anxiety)」「気分(mood)」「リラクゼーション(relaxation)」「睡眠(sleep)」「個人的な快適さ(personal comfort)」「抑うつ効果」といった精神・心理面での効果を分析している。一方(Alexander et al., 2013)では、マイナスイオンによる「代謝機能(脈拍、血圧、体温など)」「呼吸機能」「(主観的な)症状緩和」などといった身体的な側面について分析している。

ここでは、これらの研究で分析対象となった研究の概要を提示しながら、マイナスイオンの効果を「精神・心理的効果」と「身体的効果」に分けて検討していく。まず、(Perez et al., 2013)に基づいて「精神・心理的効果」から考える。下の表1は(Perez et al., 2013)において分析対象となった研究の概要をまとめたものである。

[表1](Perez et al., 2013)における分析対象(年代順)
著者・文献情報研究手法(盲検の有無)被験者主な測定項目
(Silverman and Kornblueh, 1957)クロスオーバー試験2(不明)

12名

脳波や睡眠
(MuGurk, 1959)クロスオーバー試験(単盲検)

10名

自己申告による快適
(Yaglou, 1961)クロスオーバー試験(単盲検)

31名

快適さや睡眠
(Assael et al., 1974)クロスオーバー試験(二重盲検)

20名

負イオンによる脳波
(Albrechtsen et al., 1978)クロスオーバー試験(単盲検)

18名

幸福感や精神的状態
(Charry and Hawkinshire, 1981)クロスオーバー試験(単盲検)

85名

気分
(Hawkins, 1981)クロスオーバー試験(二重盲検)

106名

主観的快適や幸福感
(Tom et al., 1981)RCT(二重盲検)

56名

気分
(Buckalew and Rizzuto, 1982)RCT(二重盲検)

24名

精神的状態や気分
(Dantzler et al., 1983)クロスオーバー試験(二重盲検)

9名

気分変更
(Baron et al., 1985)クロスオーバー試験(単盲検)

71名

気分
(Deleanu and Stamatiu, 1985)不明(不明)

112名

精神病症状
(Gianinni et al., 1986)クロスオーバー試験(二重盲検) 

14名

不安や興奮や懐疑
(Gianinni et al., 1987)クロスオーバー試験(二重盲検)

12名

不安や興奮
(Finnegan et al., 1987)クロスオーバー試験(単盲検)

26名

個人的快適さ評定
(Hedge and Collis, 1987)クロスオーバー試験(二重盲検)

28名

気分
(Lips et al., 1987)クロスオーバー試験(二重盲検)

18名

幸福感や快適さ
(Misiaszek et al., 1987)不明(なし)

8名

躁状態や睡眠
(Reilly and Stevenson, 1993)クロスオーバー試験(単盲検)

8名

不安
(Terman and Terman, 1995)RCT(二重盲検)

25名

季節性気分障害症状
(Watanabe et al., 1997)クロスオーバー試験(単盲検)

13名

気分や楽しさ
(Terman et al., 1998)クロスオーバー試験(二重盲検)

124名

睡眠やうつ症状
(Nakane et al., 2002)クロスオーバー試験(不明)

12名

不安
(Iwama et al., 2004)RCT(二重盲検)

95名

緊張
(Goel et al., 2005)RCT(二重盲検)

32名

睡眠やうつ症状
(Goel and Etwaroo, 2006)RCT(単盲検)

118名

うつ症状や気分
(Terman and Terman, 2006)RCT(二重盲検)

99名

睡眠やうつ症状
(Gianinni et al., 2007)クロスオーバー試験(二重盲検)

24名

躁症状
(Malcolm et al., 2009)RCT(単盲検)

30名

ポジティブ感情記憶
(Flory et al., 2010)RCT(単盲検)

73名

季節性気分障害症状
(Malik et al., 2010)クロスオーバー試験(単盲検)

20名

精神的ストレス
(Dauphinais et al., 2012)RCT(二重盲検)

44名

季節性気分障害症状
(Harmer et al., 2012)RCT(二重盲検)

42名

感情

表1について補足すると、対象とされた被験者にはいわゆる精神病患者(季節性気分障害、躁病、双極性障害)や健康なヒト、学生などがあり、年齢層もそれに応じて見積もられている。また、放射されるマイナスイオンの濃度や被験者がそれを浴びる時間は研究ごとに異なっている(条件が同じ研究もある(後述))。

さて(Perez et al., 2013)では、季節性気分障害への効果のメタ分析を報告している。結果、SIGH-SAD、Hamilton subscale、Atypical subscaleの三つの評価尺度において、季節性気分障害患者に対するマイナスイオン照射による抑うつ効果が示されている9。条件が統制された研究におけるイオン濃度による効果の違いも分析されており、高濃度イオン(およそ106~107ions/cm3)の方が低濃度イオン(およそ103~104ions/cm3)よりも効果が高いとの結果が得られている。一方、照射時間による効果の違いはないとされている。
評価尺度の意味について簡単に解説すると、たとえばSIGH-SADとは季節性気分障害に特徴的な症状である「気分の浮き沈み」「食欲の変化」「睡眠の変化」などを質問紙によって評定し、その得点から症状の度合いを推し量るものである。メタ分析の結果はつまり、マイナスイオンを浴びることによって、(浴びていない場合と比較して)その得点の平均値に差が出るということである。なお、この分析では「出版バイアス」なども考慮されており、データとしての信ぴょう性はかなり高いと考えてよい。

ただし、この分析では電界、気流、湿度、温度などの環境因子による条件は統制されていない。「これらの要因の違いにより、空気イオンの空間分布や数が大きく変化することはよく知られている」とは文献内でも述べられており、統制しきれていない未知の要因による介入の可能性は否定しきれないともしている。たとえば、マイナスイオンを負の大気イオンとすると、その生成時の副産物による微細な匂いの影響の可能性が考えられる。また、同じように抑うつ作用を測定している研究でも、データの不均質(評価尺度の違いなど)によってメタ分析に含まれなかったものがあることも付記されている。

(Perez et al., 2013)では他にも、特定の疾患を罹患した患者や健康なヒトを対象に「気分」「不安」「快適さ」などの精神・心理的効果について分析している。しかし、研究の質(実験条件、評価尺度の違いなど)の問題によってメタ分析は行えず、研究によって効果があったりなかったりと、首尾一貫したデータは得られていないとしている。たとえば、健康なヒトを対象とした「不安(anxiety)」に対する効果ひとつ取っても、「効果があった研究(Nakane et al., 2002)」と「効果がなかった研究(Reilly and Stevenson, 1993)」が混在している状態である10

続いて、(Alexander et al., 2013)に基づいて、マイナスイオンによる「身体的な効果」について検討する。下表2は、この研究で分析の対象となった文献情報をまとめたものである。

[表2] (Alexander et al., 2013)における分析対象(年代順)
著者・文献情報研究手法被験者主な測定項目
(Yaglou et al., 1933)不明

60名

脈拍、血圧、代謝など
(Herrington, 1935)単盲検

11名

基礎代謝、脈拍、呼吸数など
(Kornbleuh and Griffin, 1955)不明

27名

花粉症、喘息、鼻炎、皮膚炎など
(Kornbleuh et al., 1958)不明

123名

花粉症
(Winsor and Beckett 1958)不明

77名

頭痛、鼻閉塞、めまいなど
(Zylberberg and Loveless 1960)二重盲検

16名

咳、呼吸症状
(Yaglou, 1961)単盲検

25名

心拍、血圧、代謝率など
(Lefcoe, 1963)不明

24名

呼吸機能(FVC、FEVなど3
(Blumstein et al., 1964)二重盲検

26名

呼吸機能(VC、MEFRなど)
(Motley and Yanda, 1966)盲検なし

151名

呼吸機能(VC、FEVなど)
(Palti et al., 1966)二重盲検

38名

呼吸数や気管支症状
(Jones et al., 1976)単盲検

7名

呼吸機能(PEFR)
(Albrechtsen et al., 1978)単盲検

18名

脈拍、呼吸数など
(Osterballe et al., 1979)単盲検

15名

呼吸機能(FEV1)、呼吸の質など
(Ben-Dov et al., 1983)二重盲検

20名

呼吸機能(FEV1)
(Dantzler et al., 1983)二重盲検

9名

脈拍、呼吸機能(FEV1)など
(Nogrady and Furnass 1983)二重盲検

20名

呼吸機能(PEFR)
(Wagner et al., 1983)不明

12名

呼吸機能
(Kirkham et al., 1984)二重盲検

24名

呼吸機能
(Lipin et al., 1984)二重盲検

12名

呼吸機能(FEV1)、心拍など
(Finnegan et al., 1987)単盲検

26名

身体症状
(Reilly and Stevenson, 1993)単盲検

8名

心拍、直腸温など
(Warner et al., 1993)二重盲検

20名

呼吸機能(PEFR)

このメタ分析研究では、マイナスイオンによる身体的効果について「呼吸、喘息、肺癌、慢性閉塞性肺疾患、アレルギー、または鼻炎」を中心にデータベースで調査している。結果として、ヒトを対象とした実験的な研究において表2が該当したとされている。また、これらの研究は主に、(ⅰ)肺および呼吸機能測定、(ⅱ)代謝および他の生理学的機能測定、(ⅲ)主観的感覚および症状緩和、に分類できるという。実験結果はマイナスイオン効果におおむね否定的で、効果を担保するだけの十分な科学的根拠はないと考えてよい。

(Alexander et al., 2013)における結論は、マイナスイオンに肺、呼吸、代謝などへの身体的効果はないということである。特に、呼吸機能の指標の一つであるピークフロー値(Peak Expiratory Flow Rate:PEFR)については、これまであやふやだった結果がメタ分析され、「見かけ上の効果(効果がない)」であったことが明らかになっている。なお、ピークフロー値とは「十分息を吸い込んだ状態で、極力息を早く出したときの息の速さ」を測定するもので、気管支喘息の管理などによく使用される指標である。

以上の結果をまとめると次の①、②のようになる。
①:マイナスイオンによる「身体的効果」は期待できず、特に、喘息などの呼吸機能関する効果については実験的に否定的な結果となっている。また、「がんへの効果」「自然治癒力の向上」などの主張を支えるデータは示されていない。
②:マイナスイオンによる「精神・心理的効果」についてはほとんど期待できず、健康なヒトに「効果がある」とみなせるほどの根拠はない。ただし、季節性気分障害患者に対する抑うつ作用においてのみ、メタ分析の結果、(実験条件の統制の問題があるものの)限定的な効果が示されている。

  1. 2:クロスオーバー試験とは、対象者をAとBの2群に分けて、A群を「治療群」、B群を「対照群」として比較する試験である。ここまではランダム化比較試験(RCT)と同様であるが、クロスオーバー試験ではここから、一定の休息期間をあけて治療群と対照群を入れ替える。つまり、B群を治療群、A群を対照群として再び試験を行い、それぞれの結果を集計して比較する。クロスオーバー試験では、全被験者が治療を受けられるというメリットがある一方、時間経過によって治癒するような疾患には適応しにくいといったデメリットもある。
  2. 3:呼吸機能を測定する指標はいくつかあり、たとえば「肺活量(VC)」では「空気をいっぱい吸入して、いっぱい吐いたときの量」を測定する。また、「1秒率(FEV1.0%)」では「肺活量を測定するときに、最初の1秒間に全体の何%を呼出するか」を測定する。こうした検査を通して、気管支喘息、肺気腫、肺炎などの疾患を特定していく。

データの客観性 D(低~中)

本評定で記載しているメタ分析やその分析対象となっている個々の研究は医学的研究のプロトコルに基づいており客観性は高い。しかし、再現性で述べたように、主張されている効果のほとんどでは首尾一貫したデータが得られておらず、また、「がんへの予防効果」や「動物の寿命を延ばす効果」などの効果の主張11を担保するデータの客観性は著しく低い。さらに、質問紙調査によって評価が行われている場合、主観的な印象を問うため、生理的な測定と比較して「実験者の対応」といった環境因子による予期せぬ影響が出やすいという構造的な問題もある。季節性気分障害患者への質問紙調査において、こうした問題が指摘できる。

データと理論の双方からの観点

データ収集の理論的妥当性 E(低)

マイナスイオン研究における深刻な問題の一つに、「濃度」の問題がある。たとえば、1立方センチメートル(cm3)あたりに103~105個程度のマイナスイオンの濃度は、「琵琶湖に耳かき一杯分の塩を入れてかき回したときの濃度と比べてもはるかに薄い」との批判がある12。そのようなわずかな濃度に生理的な効果があると仮定するよりも、マイナスイオン研究で批判対象となる「統制しきれていない環境的要因(温度、湿度、気流、匂いなど)」による効果であると考えたほうがまだ合理的である。

理論によるデータ予測性 E(低)

マイナスイオンを大気イオンと考えると、マイナスイオンの発生部分についてだけは純粋に物理的な反応であるため、高い精度で管理が可能なはずである。一方で、謳われている効果については予測が困難である。たとえば、「抗酸化作用によって健康効果が得られる」と主張しても、マイナスイオンと抗酸化作用とをつなぐ理論がなく、データが予測できる段階にない。本来、「どのような人に対してどの程度効果があるか」を明確にしたうえで実験を行う必要があるが、そうした細かい条件設定はなされていないといえる。

社会的観点

社会での公共性 D(低~中)

マイナスイオン発生器などの工業製品についてはJIS規格が規定されており13、測定法としての標準化が試みられているということで一定の評価はできる。一方、研究方面では「日本マイナスイオン応用学会」「日本機能性イオン協会」などの団体があるものの、十分に批判的に吟味されているとはいえない。またかつて、国民生活センターによってマイナスイオン効果に関連した相談4に対する実態調査が行われており、謳われている個々の効果の検証が十分でないことが批判されている14。全般的に公共的な取り組みとはいえない部分のほうが目立っており、高い評価は下せない。

  1. 4:相談内容としては「マイナスイオン効果をうたった新製品のドライヤーを購入したが従来品と変らないし、効果が感じられないので返品したい」や「「発明特許マイナスイオン療法、肩こり、慢性便秘、不眠症、頭痛が治る」と記載されているが信用できるか」などの事例があった。

議論の歴史性 E(低)

健康効果としての実験的な研究の中で古いものは1930年代まで遡り、以降、マイナスイオンは社会的流行と衰退を繰り返してきたようである。ただし、批判的な議論が活発に行われてきたとはいえず、日本における社会的な議論としては2000年ごろの、いわゆるマイナスイオンブームがひとつの契機とみられている15。また、このブームの立役者として山野井昇(元東京大学助手)、堀口昇(起業家)、菅原明子(菅原研究所所長)らが挙げられており15、マイナスイオン研究・啓発活動の中心的人物とみなされている。

しかし、たとえば「日本マイナスイオン応用学会」の発足に関して先の山野井昇氏は「当学会は学術論争の場にはしない」などと述べており15、「マイナスイオンに効果がある」ことを暗黙の前提化したうえでのPR活動になってしまっている面もある。「単なるブームで終わらせない」という強い思いが活動動機であることなど、科学的な研究としてはやや近視眼的すぎるきらいがあるといえる。

マイナスイオン効果に批判的な見解を寄せている安井至(東京大学名誉教授)は、マイナスイオン流行の背景として「市民社会と自然科学の乖離」や「市場原理主義によるメーカーの質の低下」などを挙げており、事業者側の倫理について批判している15。ブーム時を中心に、科学的な議論よりも販売戦略に力点が置かれてきたとみられ、批判的・建設的な議論という意味では疑問が残る。

社会への応用性 D(低~中)

あえてマイナスイオン製品を選択する意味はほとんどない。身体的な面については「効果あり」と断定できるほどの根拠はないと考えてよく、精神・心理的面については季節性気分障害などのごく一部の精神疾患患者に対する抑うつ効果のみ認められる。また、季節性気分障害には光療法(照射療法)や抗うつ薬など有効な治療法がすでに確立されており、その補助としても行動療法などが有効であるため、マイナスイオンを選択する積極的な理由は今のところ見出せない。

ただし、放電式のイオン発生器には集塵効果や除電の効果はあると考えられるため、そうした用法であれば特に問題はない。また、マイナスイオンの効果ではないが、放電式イオン発生器の副生成物であるオゾンによる脱臭効果・除菌効果も期待できる可能性はある。

総評 疑似科学

問題を集約すると、マイナスイオンでは「理論」が肥大化しすぎていたように思われる。効果の範囲を幅広く見積もりすぎ、理論とデータが不釣り合いになったのである。結局、ブームによって多くのマイナスイオン製品が生み出されたものの、販売戦略が先行しすぎたことによって消費者に混乱をもたらす結果となってしまった。かつては法的規制が十分でなかったこともあり、社会的影響もその分大きかったと推定できる。効果を支える科学的知見が不在のまま、技術応用されることの問題がマイナスイオンでは顕著に表れているといえる。

メタ分析の結果によって、これまで主張されてきたほとんどすべてのマイナスイオン効果は否定されている。ただし、(謳われている効果に対してあまりに限定的であるものの)、季節性気分障害患者に対する抑うつ作用のみは肯定的に扱うことができる。すでにブームは去ったとはいえ、未だに多くの商品が販売されているため注意が必要である。

 

参考文献/参考サイト

(重複表示有り)

  1. Alexander et al., Air ions and respiratory function outcomes: a comprehensive review, Journal of Negative Results in BioMedicine, 12-14, 2013.;Perez et al., Air ions and mood outcomes: a review and meta-analysis, BMC Psychiatry, 13-29, 2013.;
  2. 小波秀雄「マイナスイオンとはなにか?」『謎解き超科学』彩図社58-65,2013
  3. 菅原明子『マイナスイオンの秘密』PHP研究所1998;堀口昇・山野井昇『マイナスイオンが医学を変える』健友館1995など
  4. 菅原明子『快適!マイナスイオン生活のすすめ~この驚異の力が自然治癒力を高める』PHP研究所2001;菅原明子/監修『マイナスイオンが効く!!~抗酸化力でからだにサビをつくらせない』新星出版社2002;山野井昇『マイナスイオンできれいになる!健康・美容・ダイエット・癒し~科学的にも実証された体に優しいイオンの働き』現代書林2002
  5. 菅原明子『マイナスイオンの秘密』PHP研究所1998
  6. 八藤眞『マイナスイオン健康法~これがホント、あれはウソ』メタモル出版2002
  7. 長島雅裕「マイナスイオンと健康」長崎大学学術研究成果リポジトリ
  8. 菅原明子『マイナスイオンの秘密』PHP研究所1998;堀口昇・山野井昇『マイナスイオンが医学を変える』健友館1995;八藤眞『マイナスイオン健康法~これがホント、あれはウソ』メタモル出版2002
  9. タ分析の対象研究は、表1のうちの(Terman and Terman, 1995)、(Terman et al., 1998)、(Goel et al., 2005)、(Terman and Terman, 2006)、(Flory et al., 2010)の5本である。また、被験者は合計353名である。
  10. 同様に、健康なヒトの気分状態について測定しても(Hedge and Collis, 1987)では肯定的な結果が、(Watanabe et al., 1997)では否定的な結果が出ている。
  11. イオントレーディング「マイナスイオンにはどんな効果があるのか?」(http://www.n-ion.com/what_ion_02.html)
  12. 小波秀雄「マイナスイオンとはなにか?」『謎解き超科学』彩図社58-65,2013
  13. 日本工業規格「空気中のイオン密度測定方法」
  14. 国民生活センター「マイナスイオンを謳った商品の実態~消費者及び事業者へのアンケート、学識経験者の意見を踏まえて」
  15. 江川芳信『マイナスイオン完全読本』現代書林2003

関連文献

  1. 【メタ分析研究】
    Alexander et al., Air ions and respiratory function outcomes: a comprehensive review, Journal of Negative Results in BioMedicine, 12-14, 2013.
    Perez et al., Air ions and mood outcomes: a review and meta-analysis, BMC Psychiatry, 13-29, 2013.

  2. 【(Perez, et al.2013)における分析データ(表の記載順)】
  3. Silverman & Kornblueh. Effect of artificial ionization of the air on the electroencephalogram; preliminary report. Am J Phys Med, 36(6):352-358, 1957.
  4. McGurk. Psychological effects of artificially produced air ions. Am J Phys Med, 38:136-137, 1959.
  5. Yaglou. Are Air Ions a Neglected Biological Factor? In The Air We Breathe-A Study of Man and His Environment. Edited by Farber SM, Wilson R. Springfield, Illinois: Charles C. Thomas; 1961.
  6. Assael, et al. Influence of artificial air ionisation on the human electroencephalogram. Int J Biometeorol, 18(4):306-372, 1974.
  7. Albrechtsen, et al. The influence of small atmospheric ions on human well-being and mental performance. Int J Biometeorol, 22(4):249-262, 1978.
  8. Charry & Hawkinshire. Effects of atmospheric electricity on some substrates of disordered social behavior. J Pers Soc Psychol, 41(1):185-197, 1981.
  9. Hawkins. The influence of air ions, temperature and humidity on subjective wellbeing and comfort. J Environ Psych, 1:279-292, 1981.
  10. Tom, et al. The influence of negative air ions on human performance and mood. Hum Factors, 23(5):633-636, 1981.
  11. Buckalew & Rizzuto. Subjective response to negative air ion exposure. Aviat Space Environ Med, 53(8):822-823, 1982.
  12. Dantzler, et al. The effect of positive and negative air ions on bronchial asthma. Ann Allergy, 51(3):362-366, 1983.
  13. Baron, et al. Negative ions and behavior: impact on mood, memory, and aggression among type A and type B persons. J Pers Soc Psychol, 48(3):746-754, 1985.
  14. Deleanu & Stamatiu. Influence of aeroionotherapy on some psychiatric symptoms. Int J Biometeorol, 29(1):91-96, 1985.
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