血液型性格診断
言説の一般的概念や通念の説明
語句説明
血液型性格診断とは、ABO式血液型による分類法によってヒトの性格を特定できるといった主張の総称である123。他に「血液型性格関連学説」「血液型性格分類」などとも呼ばれる。ABO式血液型という要素が特定のヒトの性格に影響を与えるとしている言説である。文筆家である能見正比古氏が中心となって広まった「血液型人間学」が一般によく知られる。
ABO式血液型について簡単に説明する。ヒトの血液細胞中にある赤血球の細胞膜表面には、個人がもっている遺伝子によって表現される血液型物質がある。1900年ごろ、オーストリアの研究者であるラントシュタイナー(K.Landsteiner)によって研究が進められ、血液型を4種類(A型、B型、AB型、O型)に分類できることが発見された4。A、B、Oとは遺伝子を意味しており、メンデルの遺伝法則にしたがって個人を標識する抗原である。そのため、AAまたはAOの組合せでA型に、BBまたはBOの組合せでB型に、OOの組合せでO型に、ABの組合せでAB型になる。
血液型性格診断では、こうした血液型の4区分から個人の性格や他者との相性を説明でき、日常生活において活用できるとしている。本項目でもこうした主張を評定する。
評定早見表
効果の作用機序を説明する理論の観点
理論の論理性 E(低)
血液型性格診断における性格が何を意味しているか、という問題がある。血液型と性格に関する主張を一般に広めた中心人物として文筆家の能見正比古氏が挙げられるが、氏が提唱した血液型人間学では、性格分類の妥当性が十分に検証されていない。「誰の」「どのような状況における」「どういう対応をすることから」「こういう性格である」という区分が不明瞭で、どのようにでも解釈できうる曖昧なものを性格として表現しているにすぎないといえる。
さらに問題なのは、ABO式血液型による区分がなぜ人間の性格として反映されるのか、といった疑問に対する合理的な説明に至っていないことである。心理学分野の研究からたびたび指摘されている「バーナム効果」や「自己成就」を棄却できる研究構造となっていないことは、科学理論として致命的である。
能見氏の活動に関連して、「血液型十戒」なるものが標ぼうされることがある3。これは、血液型人間学における基本精神であり、10項目から成っている。そこでは、「8. 血液型は誰もが客観的な人間理解を可能にする、科学的観察手法である。」としながらも、「2. 血液型は気質の素材。従って性格はいかようにも料理出来ることを知ろう。」や「9. 血液型は心の科学。性格や未来を占うものではないと知ろう。」といった論理性の乏しい説明が見受けられる。科学的とはいえない理論選択が全般的に見られる。
血液型に関連する疾患や体質にまで話を広げても、今のところ論理性を高く評価できる要素はない。特定の疾患に対する罹患率の違いや耐性についての研究なども、因子の解明や理論構築まではなされていないのが実情である56。ヒトの性格を4タイプに類型化するための合理的な説明がないといえる。
理論の体系性 C(中)
もちろん、ABO式血液型自体が既存の体系性から逸脱しているわけではない。ヒト体内には大量の赤血球が存在し、その赤血球それぞれにA、B、AB、Oの各型に特有の糖鎖が付いている(ここでの糖鎖とはN-アセチルガラクトサミン、d-ガラクトース、アセチルグルコサミン、フコースによる分子構造を表す)。この点に関するかぎり、生化学的には各血液型はそれぞれ違った機能をもつとも主張できる。
しかし、そうした意味で正当化するならば、ABO式以外にも分類する要素は数多くありそうだ。血液型にはたとえばRh式やli式、MN式などの識別法があり、臓器移植などの場合にはこれらの要素も考慮する1112。ABO式のみ性格に寄与するとの理論は整合性が低いと思われる。
ヒトの性格は今でも議論の的であり、そもそも性格がどのような構成概念によって成立しているかについては論者によって微妙に立場が異なる。そうした中で、たとえば進化心理学でよく知られる心のモジュール性など7、ABO式血液型を持ち出すよりも整合性が高い理論は他にいくつもある。ABO式血液型が性格における一要素であったとしても、主理論としてわざわざ採用する積極的な理由がないといえる。
ただし、近年ABO式血液型と進化生物学との関連性や特定疾患への罹患率などが報告されていることは注目できる56。たとえば、A型の遺伝子は免疫機能が低くなる遺伝子と共起する確率が高いので、抗原をなるべくしりぞけようと神経質な性格が共進化したという理論は、進化論、あるいは生物学と整合的である6。
理論の普遍性 E(低)
能見氏が広めた血液型人間学(≒血液型性格診断)では、それが誰にでも普遍的に適応可能だとしているが、理論の裏付けとなる根拠がつかめない。全般として、「何となく○○型はこんな感じ」といった大雑把な情報しか提供されておらず、普遍性を装っていると判断できる。
実証的効果を示すデータの観点
データの再現性 E(低)
能見正比古氏の著書や氏が主催していた団体(ABOの会)において、血液型性格診断に関する肯定的な見解が何度も発表されている。しかし、データの再現性という観点において、高評価を与えられる水準に達しているとはいえない。
たとえば、自著へのアンケート調査にてデータ収集を行っているが、そうしたアンケートを能見氏に送る対象がサンプルとして偏っているというバイアスを排除するような厳密性はない(平たく言えば、能見氏の信奉者である)。関連団体であるABOの会では、一万人規模のアンケート調査で統計的有意差が出たと報告しているが、バーナム効果、予言の自己成就、確証バイアス、F・B・I効果(フリーサイズ・ラベリング・インプリティング効果)といった心理学で広く知られた効果が排除された実験デザインがとられていない。
一方、血液型性格診断に否定的な研究データは数多く積み重ねられており、肯定的なデータよりも信頼性が高い89101112。そもそも、能見氏の著書においてすら、実際には統計的に有意な差がなかったデータもある2。
データの客観性 E(低)
たとえば、ピロリ菌保菌者にA型が多いことが指摘されており、血液型性格診断によるとA型の典型的な特性は神経質であるとされている。そうした根拠として胃痛の多さなどがデータとして挙げられることがあるが、A型の人が神経質であるがゆえに胃痛になりやすいのか、A型にはピロリ菌保菌者が多くそれによって胃痛が引き起こされるため結果的に神経質な人が多いように見えるだけなのか、といったことが区別されていない。肯定派の提示するデータは、信奉者による「主観的な感想」「統計調査における標本抽出の偏り」「研究対象の未特定化」「(自分はA型だから神経質などの)自己成就」の問題が指摘でき、客観性は低い。
データと理論の双方からの観点
データ収集の理論的妥当性 D(低~中)
血液型性格診断において、肯定的なデータが妥当に収集されているとはいえない。繰り返しになるが、心理学でよく知られる「自己成就」や「バーナム効果」などの要因を排除できる研究データとはいえず、こうした問題を克服できていない。
理論によるデータ予測性 D(低~中)
社会的観点
社会での公共性 E(低)
血液型性格診断が一般認知されたのは、1970年に出版された能見正比古氏による『血液型でわかる相性』からである。これ以前にも、1927年に「血液型と気質の研究」との論文が古川竹二氏(女子高等師範学校教授)によって発表されているが、社会的な広まりの背景には能見氏の著書による影響が大きく、能見氏が設立した「ABOの会」などの団体が啓発的な活動を行っている(現在では「ABOセンター」が実質的にその役割を引き継いでいる)。しかし、こうした団体に寄らない研究では血液型性格診断はたびたび否定されており、同様の水準に達している肯定的な研究は現在のところほとんどないといってよい。
議論の歴史性 E(低)
1970年代から、血液型性格診断についての科学性の議論はさかんに行われてきた。心理学分野は血液型性格診断に強く反発しており、否定的な研究発表も多数ある。一方、血液型性格診断を積極的に肯定する立場の多くは能見氏の主張に依存しており、説明責任が果たされていない問題が挙げられる。たとえば「A型の人は神経質だ」といった主張に対して、「A型なのに神経質でない」というデータが得られたときにも「100%正確に診断できるわけではない」や、他の全く指標の異なったデータを持ち出して「このデータを担保にできる」といったことである(肯定派ではこれが横行している)。反証データに対する批判的な内省がみられず、建設的な議論とはいえない。
社会への応用性 D(低~中)
血液型性格診断が社会的に有効的に活用されているとはいえない。そもそも、血液型による性格の傾向性を重視する多くは日本人であり、世界的には血液型性格診断の概念は一般的ではない。にもかかわらず日本では、ブラッドタイプハラスメントをはじめとして、差別や偏見を助長させる要因の一つとなっている実態がある1314。ヒトの性格を4種類の血液型の中から当てる娯楽だと受け取ることもできるが、人間関係を円滑に進めるうえでの弊害ともなりかねない。
ただしこれは、一概に血液型性格診断のみの問題ではない。たとえば仏滅に結婚式を挙げる人はほとんどおらず、友引に葬式は行われない。血液型性格診断が控えめな誤信として機能している分には積極的に排斥される必要はないかもしれないが、一方で就職活動などの人生の大きな岐路でも使用されることがある。こうした実情を考慮して、応用性は低~中評価とする。
総評 疑似科学
血液型性格診断における最大の問題は、能見正比古氏の著書『血液型でわかる相性』『血液型人間学』などが流行りすぎたことにある。学術界からの反発が繰り返されたにもかかわらず、能見氏の主張の流行が多くの信奉者を生みだした。こうした構図から、研究者間でもある種のディスコミュニケーションが生じていると考えられている15。
そうした中で、遺伝的観点や進化生物学的視点から角度の異なる考察が行われている。 たとえば、特定疾患へのリスクの違いや免疫機構の違いなど、応用性の高い研究も進められている。ヒトの性格という主張における論理飛躍には注意する必要があるが、少なくとも血液型と人間機能の関連を研究する価値や意味はそれほど順位の低いものではないと思われる。ただし、繰り返すが、現在一般認知されている「血液型性格診断」は科学的根拠に乏しく疑似科学である。
参考文献
- 能見正比古(1971)『血液型でわかる相性』青春出版社
- 能見正比古(1973)『血液型人間学』サンケイ新聞社出版局
- 一般社団法人ヒューマンサイエンスABOセンター
- 松尾友香(2009)『よくわかる最新血液型の基本としくみ』秀和システム
- 永田宏(2013)『血液型で分かるなりやすい病気なりにくい病気』講談社
- 藤田紘一郎(2010)『血液型の科学』祥伝社
- 石川幹人(2010)『だまされ上手が生き残る~入門進化心理学』光文社
- 縄田健悟(2014)「血液型と性格の無関連性~日本と米国の大規模社会調査を用いた実証的論拠」『心理学研究』Vol.85、No.2、pp.148-156
- 山下玲子(2008)「血液型性格判断はなぜすたれないのか」『日本社会心理学会第49回大会発表論集』
- 山岡重行、大村政男、浮谷秀一(2009)「血液型性格判断の差別性と虚妄性」『日本パーソナリティ心理学会発表論文集』Vol.18、 p.11
- Sakamoto, Yamazaki (2005). Blood-typical personality stereotypes and self-fulfilling prophecy: A Natural Experiment with Time-series Data of 1978 – 1988, Progress in Asian Social Psychology.
- 松井豊(1991)「血液型による性格の相違に関する統計的検討」『立川短期大学紀要』Vol.24、pp.51−54
- 菊池聡(2012)『なぜ疑似科学を信じるのか』化学同
- 山岡重行(2011)「テレビ番組が増幅させる血液型差別」『心理学ワールド』Vol.52、pp.5-8.
- 清水武(2011)「心理学は何故、血液型性格関連説を受け入れ難いのか~学会誌査読コメントをテクストとした質的研究」『構造構成主義研究5』pp.92-115.