menu

水からの伝言

言説の一般的概念や通念の説明

語句説明

水からの伝言とは、「水を結晶させた氷の形状からメッセージを読み取ることができる」という旨の主張が展開された書籍のタイトルである。これはたとえば、「水にありがとうや平和などの「よい言葉」をかけると結晶は美しい形となり、バカや戦争などの「悪い言葉」をかけると結晶も醜い形となる」といった意味である123。日本の経営者である江本勝氏(株式会社I.H.M.代表取締役)によって出版された。

水からの伝言が話題となったのは、日本の道徳教育現場でこの内容が取り上げられ、「科学的に検証された事実」として広まったことに由来する4。後に江本氏は「著書はフィクションであり物語である」と述べているが、一方で自身の主張については「いずれは証明されるもの」とも語っており、実際、水からの伝言に関連したいくつかの研究所を主宰している。本項では、こうした主張を便宜的に「水からの伝言」と定めて科学性を評定する。

効果の作用機序を説明する理論の観点

理論の論理性 E(低)

「水からの伝言」では人間の言葉は「波動」でありそれを水が理解するとしている。また、水も振動している「波動」であり万物は「波動」からできているとも説明している123
まず、これらの「波動」が物理学用語の波動とは区別されることに注意されたい。この主張では、音波としての空気の振動、水分子の熱による振動、万物を構成する量子の確率振幅を混同していることがうかがえる。

また、言葉が価値を運ぶという発想は、言語の恣意性やコミュニケーションにおける概念共有の前提からもずれた、一種の言霊信仰に似た側面がある。当然ながら「バカ」という言葉を聞いて、それが肯定的な意味であるのか否定的な意味であるのかについて一義的な判断を下すすべはなく、その意味は様々な文脈において変化しうるものである。

人間が理解すべき水準にある意味を「水」に委ねている本言説は、「悪意の言葉をかけると、相手の体の水に悪影響があるからやめよう」という意図となり、人間関係を物理現象に還元する倒錯した論理構成になっている。

理論の体系性 E(低)

ごく基本的な自然科学的知識、あるいは言語学などの知見と相容れない考え方である。水の結晶(雪の結晶)の形については中谷宇吉郎氏の中谷ダイアグラムという研究があるが5、水からの伝言の主張はそういった研究とも不整合である。

理論の普遍性 E(低)

あらゆるものは「波動」であるとして、どこにでもある「水」の重要性を謳ってはいるものの、具体的な理論構築は示されていない。

実証的効果を示すデータの観点

データの再現性 E(低)

科学論文での厳密な報告がなく再現性を評定できない。ご飯に声をかける実験など、派生した実験の結果が多数の個人から報告されたとしているが、報告バイアスがかなり強いものと推測できる。

データの客観性 E(低)

本言説の報告のほとんどは、江本氏の著書出版で行われており、厳密な論文報告は出されていない。実験の体裁はとっているものの、科学の実験としては十分にコントロールされているとは言い難い。一般読者からの「実験報告」をそのまま次の著書に載せている例もあり、結果の解釈も多分に恣意的である。
また、実権者の主観で“きれいな結晶”を認定しており、その基準にはばらつきがあることが予想できるため客観的な判断とはいえない。結晶の取扱いが難しいとして、結晶実験はほとんど特定のスタッフによって行われている。ゆえにデータの客観性は低いといえる。

データと理論の双方からの観点

データ収集の理論的妥当性 E(低)

データとして得られた“きれいな結晶”が本当に言葉によってきれいになったのか判別できない。また、その言葉には本当に「波動」という作用が働いているのかという理論自体が支持されていないうえ、「波動」という概念も不明瞭なため妥当性を評価できる水準にない。

理論によるデータ予測性 E(低)

主張自体は形式上の予測性は持つが、主張が信頼できず現象も再現できないため予測しているとはいえない。また、本言説の理論への反証が実質的に行えない以上、予測性のある研究を行っているとはいえない。

社会的観点

社会での公共性 E(低)

現在、水からの伝言言説に関連する主張(水の結晶における言葉の影響など)について公共性の高い研究が行われているとはいえない。たとえば「株式会社I.H.M」など6、熱心に普及活動を行っている団体はあるものの、この団体は著者である江本氏の経営によるものであり、科学的研究の枠組みとして評価できない。
当該団体では、水はある種の「波動」を感知するとしてその波動測定器なるものを販売しているが、そこで謳われている「波動」の実態は不明である。啓蒙、啓発団体であるとの説明のほうが適切である。

議論の歴史性 E(低)

本言説は実質的に江本氏一人によって構築されてきた上、関連団体内部にて批判的な議論を行っているようには見られない。また、他の研究者などから指摘されている科学的な議論としての「批判」を反省的に受けとめ改善してもおらず、江本氏による啓発活動として見るほうが妥当である。科学的な議論が行われていないため、歴史性は低評価である。

社会への応用性 E(低)

本言説が科学的な研究からは逸脱していることを指摘してきた。よって本言説を科学的だとして、何らかの製品開発で社会へ還元するということについては当然ながら低評価とする。
水からの伝言の主張は「よい言葉をつかいましょう」ということとも換言でき、これ自体は穏当な主張のように思われる。ただし、「よい言葉」をかける対象である水の結晶の美しさをその外見でのみ判断しており、きれいな結晶と醜い結晶の違いは「見た目」によってでしか測定されていない。これは、解釈によっては差別思想にもつながるものであり、道徳教育としてはふさわしいものとはいえないであろう。

総評 疑似科学

水からの伝言で述べられている主張の多くは科学の体裁をなそうとしていないため、本来ならば科学性の判定をするような対象ではない。しかし、一部で科学的研究の結果であると主張され7、中等教育の現場で取り上げられた経緯もふまえ、疑似科学であるとあえて強調しておく社会的意義があると考える。

 

参考文献

  1. 江本勝『水からの伝言』波動教育社1999
  2. 江本勝『水は答えを知っている~その結晶にこめられたメッセージ』サンマーク出版2001
  3. 江本勝『水の「真」力~心と体のウォーターヒーリング』講談社2008
  4. 左巻健男『水はなんにも知らないよ』ディスカヴァートゥエンティワン2007
  5. 神田健三「雪結晶の様々な形ができる条件(Conditions for Forming Various Patterns of Snow Crystals)」中谷宇吉郎 雪の科学館
  6. 株式会社I.H.M
  7. DEAN RADIN, NANCY LUND, MASARU EMOTO, AND TAKASHIGE KIZU Effects of Distant Intention on Water Crystal Formation: A Triple-Blind Replication Journal of Scientific Exploration, Vol.22, No.4, pp.481–493, 2008