βカロテン
言説の一般的概念や通念の説明
語句説明
βカロテンとは、ビタミンAの前駆体であるプロビタミンAの一種1であり、にんじんやかぼちゃなどの緑黄色野菜などに多く含まれるカロテノイドである。βカロチンともいわれ、これはドイツ医学の流れをくむ日本に多く見られる使用法である(英語=βカロテン(β-carotene)、独語=βカロチン(β-carotin))。
βカロテンの一部は体内でビタミンAに転換2されるため、医学的機能が期待されている。また、βカロテンには強い抗酸化性があるため、活性酸素除去による健康効果も研究されており、本項目では主にその「抗酸化作用」と「健康効果」を中心に評定する。
- 1:ほかに、αカロテン、γカロテン、クリプトキサンチンなどがある。
- 2:カロテノイドの一部は体内でビタミンAに転換されるが、βカロテンは他のカロテノイドと比較してその割合が大きいとされている。ちなみに、ビタミンAは多く取りすぎても「ビタミンA過剰症」を引き起こす。反対に、「ビタミンA欠乏症」の代表的な症状には、いわゆる「鳥目」症状がある。
評定早見表
効果の作用機序を説明する理論の観点
理論の論理性 C(中)
βカロテンに限らず、いわゆる健康食品の多くは抗酸化作用を「売り」にしている。抗酸化作用とはヒト体内の活性酸素3を除去する効果のことである。
抗酸化作用による健康効果では、ヒトの身体を酸化させる活性酸素に対し、細胞や遺伝子を傷つけたり老化させるため、それを抗酸化物質によって防ぐことができれば健康状態を維持できるのではないか4、という説に基づいている 。細胞遺伝子の突然変異と考えられているがんの予防やコレステロールの酸化を予防することによる動脈硬化などの循環器疾患への健康効果が期待できるといったものが、βカロテンを代表とする抗酸化物質による健康効果言説の基本的理論といえる。
βカロテンに強い抗酸化作用があることは繰り返し確認されており、よく知られた現象である。一方、抗酸化物質とヒトの健康との関係性についてはまだ不明瞭な点も多く、複雑な生体機構のなかでβカロテンによる効果だけを議論するには限界があり、確固たる作用機序が形成されていないのが現状である。
- 3:スーパーオキシド、一重項酸素(O₂−)、過酸化水素、ヒドロキシラジカル、フリーラジカル(厳密には活性酸素ではない)などともいわれる。
- 4:その根拠には、動物における酸素消費量と寿命の関係と、ヒト特有のSOD(スーパーオキシド・ジスムターゼ)といわれる活性酸素の分解酵素の働きなどがある。
理論の体系性 C(中)
βカロテンに強い抗酸化作用があることはよく知られている。一方で、活性酸素による身体への悪影響(コレステロールの酸化やDNA損傷など)について、それを除去すれば健康に良い影響を与えるという理論にも一定の整合性はあるものの、βカロテンとの接続に関しては不明瞭な点も多い。
カロテンだけでなく他の生体機構も考慮した効果を考える必要があり、たとえばカロテノイドの組織や細胞など特定の場における動態や存在状態(タンパクとの複合体の形成や膜での配置、生体内でのカロテノイド代謝など)などの議論が必要である。
理論の普遍性 C(中)
誰でも活性酸素をもっており、それを除去することが健康維持につながるというのは、広く人々にあてはまるので、普遍性が高い。活性酸素の悪影響と、βカロテンによる活性酸素の除去についても化学的に飛躍の無い作用であるため評価できる。抗腫瘍活性5の可能性や光過敏症の予防と治療などへの効果も期待されている。
一方、活性酸素それ自体がどの程度悪影響なのか、それを除去することによる期待される効果がどれほどのものなのかについての議論は残っており、軽々に肯定できない面もある。
- 5:βカロテンだけでなくカロテノイド全般に対する期待である。
実証的効果を示すデータの観点
データの再現性 Ⅾ(低~中)
Dβカロテンのがん予防効果についての臨床報告(大規模な無作為化比較対照試験)に、1985年から実施された中国江南省の地域住民を対象とした研究(Blot et al. 1993)がある。それによると、対象者数29584人(40‐69歳の男女)のうち、βカロテン投与群6のその後5年間の追跡調査において、全がんで13%、胃がんで21%、脳血管疾患で10%の死亡率の低下がみられた。この結果は1993年の「米国立がん研究所ジャーナル」にて論文報告された。
しかし、その他の研究では、当初の結果に悲観的な報告がみられた。以下に、代表的な研究をいくつか紹介する。
(The ATBC cancer prevention study group 1994)
フィンランドにて1985年から行われた研究である。29,133人のフィンランド男性喫煙者を対象にβカロテン(20mg)とビタミンE(50mg)を毎日投与(他の群は、どちらか一方を投与する、プラセボ投与である)したところ、その後5‐8年間の追跡調査にて、βカロテン投与群の肺がん罹患率が18%上昇、虚血性心疾患の死亡率が11%、脳血管性疾患の死亡率が20%上昇した。
(Hennekens et al. 1996)
1996年、米国国立がん研究所にて発表。22,071人の米国男性医師を対象に、βカロテン(50mg)、アスピリン(325mg)、プラセボを隔日投与。がんと虚血性心疾患の予防効果を評価した7。5年間の追跡調査の結果、アスピリン投与群の虚血性心疾患の罹患率が51%低下したが、12年間の追跡調査で、βカロテンにがんの予防効果なし、有害性なしとの結果だった。
(Omenn, et al. 1996)
1996年、米国国立がん研究所にて発表。18,314人の米国喫煙者・アスベスト曝露者8を対象に、βカロテン(30mg)とレチノール(25000IU9) を毎日投与。平均4年間の追跡調査の結果、投与群の肺がん罹患率が28%上昇したため途中で中止。
(Lee, et al. 1999)
米国女性保健職者39,876人を対象に、βカロテン(50mg)、ビタミンE(600IU)、アスピリン(100mg)を隔日投与しがんと虚血性心疾患の予防効果を評価した。しかし、(Hennekens et al. 1996)や(Omenn, et al. 1996)の結果を受け、βカロテンの投与をはじめの2年間で中止した。最終報告は1999年にされたが、βカロテンにがんや循環器疾患への予防効果はなかった。
以上のように、大規模な疫学研究において肯定的な結果も出ているものの「がんへの予防効果」は概ね否定されている。逆に喫煙者においてはむしろ発がん性が高まるという結果さえ示唆されている。
また、心疾患への予防についても、βカロテンには強い抗酸化作用があり、動脈硬化などの予防効果があるとの研究もあるが、一方で否定的な結果も報告されており、コレステロールに対する抗酸化作用はビタミンEの方が優れているとの議論もある10 。
- 6:ただし、βカロテンを単独投与したものではない。A群(レチノールと亜鉛)、B群(リボフラビンとナイアシン)、C群(ビタミンCとモリブラン)、D群(βカロテン、セレニウム、ビタミンE)の組み合わせである。
- 7:アスピリンには血液凝固を防ぐ作用がある。
- 8:一般にアスベスト(石綿)曝露者は、肺がんのハイリスク群といわれている。
- 9:国際単位。25000IU≒7.5mg相当にあたる。レチノールはビタミンA相当と考えられる。
- 10:坪野吉孝『検証!がんと健康食品』河出書房新社2005に詳しい。
データの客観性 Ⅽ(中)
再現性の項目にあるように、客観性の高い研究報告が複数ある。しかし、それら多くの研究は否定的な結果に終わっているという問題がある。
データと理論の双方からの観点
データ収集の理論的妥当性 C(中)
たとえば、がんへの予防や心疾患について無作為化比較対照試験など、外的要因の混じりにくい実験において適切なデータが収集されており、研究対象者についても十分にコントロールされているといってよい。ただし、それらの研究すべてで有効性が示されているわけではなく、むしろ否定的な結果が出ている。
理論によるデータ予測性 D(低)~(中)
食品の人体に対する影響はほとんどの場合そうであるものの、試験管内での実験は予測性が高いが、体内での働きについては外乱要因が多く予測性が低い。
実際に、培養細胞や実験用動物を使った基礎研究においてβカロテンの有効性は研究されているが、大規模で良質な臨床研究では期待された結果が出ていない。βカロテンをどれくらい摂取すればどの程度がんへの予防効果が得られるのかという理論構築が詳細な面まで至っておらず、予測性において手探りな部分が残る。
社会的観点
社会での公共性 C(中)
科学的研究の土台は整っており、これまでも多くの公共性の高い機関において研究が行われてきた。ただし、公共性について評価を下げている面もあり、たとえば一部の企業による、いわゆる健康食品(サプリメント、機能性表示食品)市場における宣伝戦略などが挙げられる。実際には研究成果としてまだ再現性に乏しい、あるいは効果がない部分においてさえ有効だと謳われているものがあり、誇大広告だと読み取れてしまう。
このような一面が業界全体において常習化されていると推定され、そうした体制に加担する研究者がいることが、社会一般の科学への信頼を損ねている一因ともいえる。公共性について、迷いなく信頼できるとは評価できない。
議論の歴史性 B(中~高)
社会への応用性 Ⅾ(低~中)
総評 未科学~発展途上の科学
βカロテンを含む抗酸化作用による効果が有望な仮説であることは確かである。たとえば循環器疾患への効果について、LDLコレステロール(いわゆる悪玉コレステロール)が活性酸素によって酸化し、その変性したLDLコレステロールが動脈の血管壁に付着、蓄積することで内壁の厚みが増してしまい心疾患などに結びつく、という考え方などはかなり広く受け入れられており、研究も活発である。
しかし、基礎研究のデータでは認められているものの、実用化には程遠いのが実態である。たとえば、いわゆる健康食品全般のがんへの予防効果について、「世界がん研究基金」や、「米国保健福祉省研究班」のガイドラインには「必要なし」「十分な根拠がない」と提言があり、普段の食生活、喫煙、その他に力点を置くべきだとしている。
今後の研究次第でどうとでも転ぶ分野であるが、少なくとも現状、実感できる効果が安易に得られるとは考えにくい。
参考文献
- 坪野吉孝・久道茂『栄養疫学』南江堂2001
- 坪野吉孝『検証!がんと健康食品』河出書房新社2005
- 日本機能性食品医用学会『医用機能性食品ガイドブック』医歯薬出版2012
- 松野隆男『エビ・カニはなぜ赤い~機能性色素カロテノイド』成山堂書店2004
- Blot WJ, et al. 1993: Nutrition intervention trials in Linxian, China~ supplementation with specific vitamin/mineral combinations, cancer incidence, and disease-specific mortality in the general population. J Natl Cancer Inst 85, 1483-1492.
- Hennekens CH, et al. 1996: Lack of effect of long-term supplementation with beta carotene on the incidence of malignant neoplasms and cardiovascular disease., N Engl J Med 334, 1145-1149.
- Lee IM, et al 1999: Beta-Carotene Supplementation and Incidence of Cancer and Cardiovascular Disease : the Women’s Health Study. J Natl Cancer Inst 91, 2102-2106.
- 幹渉『海洋生物のカロテノイド~代謝と生物活性』恒星社厚生閣1993
- Omenn GS, et al. 1996: Effect of a combination of beta-carotene and vitamin A on lung cancer and cardiovascular disease., N Engl J Med 334, 1150-1155.
- 高田明和『誰も知らないサプリメントの真実』朝日新聞出版2009
- The ATBC cancer prevention study group 1994: The Alpha-Tocopherol Beta-Carotene Cancer Prevention~ Design, methods, participant characteristics, and compliance, Annals of Epidemiology 4(1), 1-10.