グルコサミン
言説の一般的概念や通念の説明
語句説明
グルコサミンとは糖の一種で、グルコースにアミノ基(-NH2)が付いたアミノ糖である。動物の皮膚や軟骨、甲骨類の殻、キノコ類などに多く含まれている。俗に「関節の動きをなめらかにする」「関節の痛みを改善する」などと主張される1。本評定では、グルコサミンの健康効果としてよく謳われる「変形性関節症(膝、股関節など)」への治療効果を中心的に扱う。
変形性関節症とは、膝や股関節の軟骨が加重の衝撃を支えられなくなったために起きる、痛みや腫れをともなう疾患である2。加齢とともに発病率が上がることが知られており、日本国内における患者数は1000万人とも推定される。痛みが生じやすい関節とそうでない関節があり、これはヒトの進化論的な経緯に由来すると考察されている3。サプリメントなどを用いてグルコサミンを経口摂取することによって、この変形性関節症の予防・治療ができるという旨の主張がよくなされる。
本評定では、近5年(2013年~2018年)に出版されたグルコサミン摂取による変形性関節症への効果についてのメタ分析研究7件(システマティックレビュー含む)のデータを主に参考にしながら評価する。メタ分析研究についてはこちらのページを参照されたい。
簡単な結論のみ先に触れると、グルコサミンによる変形性関節症への治療効果はほとんど期待できない。メタ分析の結果、「効果があった」とする研究においてもごく限定的な効果であることが示されている。また、研究結果の傾向から出版バイアス1が指摘されている。
- 1:出版バイアスとは平易には、肯定的なデータばかりが出されることによって、見かけ上の効果が出てしまうことをいう。「お蔵入り効果」とも呼ばれる。詳細はこちらのページを参照されたい。
評定早見表
効果の作用機序を説明する理論の観点
理論の論理性 D(低~中)
変形性関節症に対して、原理的にはたとえば、膝関節などにヒアルロン酸(グルコサミンが含まれる)を直接注射すれば一過性の効果は期待できるかもしれない4。一方、それを食べることで実現しようというのは別問題である。食べた物質がそのまま体中に行き渡るような構造に、人体はなっていないからである。これは、毒が体中に広がるのを防ぐ仕組みでもある。
一般的に、ヒトは一日に300~400グラムのブドウ糖(グルコサミンはブドウ糖の誘導体である)を摂取する。一方、サプリメントなどに含まれるグルコサミン含有量は1~2グラム程度である。微々たる量をいくら摂取しようと、それが広く体内に輸送されたのち、膝や股関節で十分な量のグルコサミンを確保できるか疑問である。
理論の体系性 E(低)
ある物質を摂取したのち体内にそれがそのまま反映されるのはビタミン類などのごく一部の成分における仕組みに過ぎない。タンパク質やブドウ糖は消化吸収されたのちに身体全体に必要な各物質に再生成されるため、グルコサミンを大量に摂取したからといってそれがそのままヒト体内の必要部位(症状が現れている部分)に対して再生成されるとは考えにくい。体内でのグルコサミン生成過程が希望的観測に基づいており、不明瞭な点が多い。よって、既存の別の理論と整合的な主張になっていない。
理論の普遍性 E(低)
60歳以上の米国人で変形性膝関節症を発症している人はおよそ12%であり、30歳以上では6%とのデータがある3。そのため、仮に治療効果があるとすれば、普遍性の高い理論である。しかし、たとえば、60歳の患者と30歳の患者とどのように効き方が違うのか、あるいは同じなのか、といった詳細は理論化されていない。現状の研究データは治療効果を示しておらず、普遍性を装っているといえる。
実証的効果を示すデータの観点
データの再現性 E(低)
ここでは、グルコサミンによる変形性関節症への有効性として研究されているメタ分析の結果に基づいて評定する。医学研究のデータベースであるPubMedを用いて調査したところ、近5年(2013年~2018年)の間に出版されたメタ分析研究(システマティックレビュー含む)は以下の7件であった(表1)。
文献情報 | 主な研究内容 | 結果 |
---|---|---|
(Wu, et al. 2013) | グルコサミン塩酸塩の摂取は変形性関節症の痛み軽減をもたらさないと結論。長期間摂取でも同様の結果が示唆されると結論。 | 効果なし |
(Eriksen, et al. 2014) | 合計25件の研究からグルコサミン摂取による痛み軽減効果のデータが得られた。しかし、漏斗プロットの結果から、Rottapharm/Madaus製を用いたグルコサミン研究によって出版バイアスによる影響が強く懸念されると結論。 | 効果なし (出版バイアスによる疑似効果) |
(Kongtharvonskul et al. 2015) | RCT研究を基にWOMAC、VASスコアなどをメタ分析。グルコサミン摂取によって統計的に有意なVASスコア改善がみられたが、他の指標では改善はみられていない。 | 限定的に効果あり |
(Singh, et al. 2015) | コクラン共同計画による研究レビュー。主にコンドロイチンによる効果を中心として分析(一部グルコサミンとの併用)。研究の質は低いが、グルコサミン+コンドロイチンの併用によって、変形性関節症への短期的な痛み軽減効果がみられたと結論。 | 限定的に効果あり |
(Zeng, et al. 2015) | グルコサミンとコンドロイチンによる変形性関節症への有効性をメタ分析。プラセボ群と比較して、わずかに治療効果がみられたと結論。 | 限定的に効果あり |
(Harrison-Munoz, et al. 2017) | これまでに出版された11件のシステマティックレビューと35件のRCTの結果から、グルコサミン摂取による変形性関節症への治療効果はみられない。また、研究の質の問題により、非常に科学的根拠が低いと結論。 | 効果なし |
(Runhaar, et al. 2017) | 合計21件のRCT研究を対象にメタ分析。変形性関節症における痛みの評価指標であるWOMACを評価した結果、グルコサミンはプラセボ群と比較して、短期間(効果量-0.03[-0.15, 0.09])、長期間(効果量-0.04[-0.19, 0.10])ともに治療効果がないと結論。 | 効果なし |
これらの研究における対象は、変形性膝関節症が最も多く、股関節や肘への症状を対象としたものは少なかった。多くの研究結果をまとめると、グルコサミン摂取による変形性関節症への治療効果はないか、仮にあったとしてもかなり限定的でわずかな効果であるといえる。一方、(Kongtharvonskul et al. 2015)など一部の研究では、痛みの視覚的評価スケールであるVASスコア2に有意な改善があったとしており、NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)と同程度の改善効果であるとしている。
ただし、この研究も含めた問題として、変形性関節症(膝、股関節)の程度を評価するWOMACスコアについては基本的に改善効果がないことが指摘できる。他の多くのメタ分析でも同様の結果が示唆されているため、「効果がない」とする研究の一貫性は高いといえる。加えて、効果ありとの研究はグルコサミン+コンドロイチンによる効果であり、グルコサミン単独での結果は芳しくないようである。なお、コンドロイチンの効果については別途調査中である(2018.7.10時点)。
- 2:VAS(Visual Analog Scale)とWOMAC(Western Ontario and McMasters Osteoarthritis Index)についての詳細は「妥当性」の項目にて述べている。
データの客観性 D(低~中)
グルコサミンの健康効果(変形性関節症)に関して調査すると、2018年までに出版されたメタ分析研究として合計18件該当する。うち多くは「効果なし」とする結果であるが、メタ分析が行われているという点においては評価できる。
しかし(Eriksen, et al. 2014)にあるように、グルコサミンの効果研究では出版バイアス(お蔵入り効果)による影響が懸念されている。また、スポンサー付き研究では改善効果がよくみられ、そうでない研究では治療効果は高くないようである。特に、Rottapharm/Madaus製のグルコサミンを用いた研究では顕著な治療効果が報告されているが、これには出版バイアスがかなり大きく影響している。Rottapharm/Madaus(ロッタファーム・マダウス)社はイタリアを本拠地とする製薬会社である。このように、「効果がある」とする研究において利害関係の疑われるものが多数あることが明らかになっており、客観性を高く評価できない。なお、評価指標として用いられるVASスコアは客観性が低い疑いがあるが、その点については次項で触れる。
データと理論の双方からの観点
データ収集の理論的妥当性 D(低~中)
グルコサミンの健康効果研究では、VASやWOMACといった指標がよく用いられる。VASは痛みの視覚的な評価スケールである。これは、長さ10cmの一直線を用意し、その左端を「痛みなし」、右端を「想像できる最大の痛み」として、現在の痛みがどの程度かを患者が自己評価する視覚的なスケールである5。一方WOMACは、質問形式で変形性関節症の程度(痛み、病態など)を評価する尺度である6。「階段を上る」「簡単な家事」などの事項を得点化することによって評価する。
治療効果という文脈においては両者とも「痛みを測る」という共通概念を有しているが、これまでのメタ分析研究の結果からは、グルコサミンについて一貫した治療効果は出ていない。いくつかの研究でVASスコアに統計的に有意な改善がみられているが一貫したものではなく、また、盲検法を採用しているかどうか不明な研究も実際にある。WOMACスコアについては基本的に否定的な結果である。こうした結果より、妥当性は(低)~(中)評価とする。
ただし、このように研究結果がバラつくのは、そもそも「痛み」という主観性をともなう状態を評価しにくいことに起因していると思われる。客観的で妥当なデータ収集が難しい対象であるため、概念的枠組みの設定がかなり困難なのである。グルコサミンの事例は、究明対象における研究デザイン(評価指標や分析方法)の見極めの重要性を表しているともいえるだろう。
理論によるデータ予測性 E(低)
変形性関節症のリスク因子には主に、加齢、肥満、遺伝、外傷、職業的な要因などがある3。たとえばグルコサミン摂取によって関節症への予防効果を目指すのであれば、こうした対象に対して条件を細かく設定したうえで追跡調査実験を行う必要がある。実際、サプリメントで販売されている製品の謳い文句では「今後の健康のために」といった主旨の宣伝がよく目立つ。しかし、これまでのところ、グルコサミン摂取による予防効果を示したメタ分析研究は出版されておらず、効果が確認されているとはいえない。
また、治療効果という意味においても、いくつかのメタ分析では、グルコサミンによる治療期間別に評価しているが、「短期間」「長期間」といった大雑把な括りですら肯定的な結果は出ておらず、どのような場合にどの程度グルコサミンが有効であるかという理解に至ることができない。
社会的観点
社会での公共性 E(低)
日本において、たとえばグルコサミン塩酸塩は、国の「医薬品的効能効果を標ぼうしない限り医薬品と判断しない成分本質」として指定されている7。これは食薬区分において、医薬品的効果を謳わなければ食品衛生法の管理下に置かれるという意味である。
逆に「専ら医薬品として使用される成分本質(原材料)リスト」にカテゴライズされているものは、いわゆる健康食品として使用できない(こちらは「医薬品医療機器等法(旧薬事法)」の規制の対象となる)。より厳格な医薬品医療機器等法に抵触しその規制を受けてしまうため、「医薬品的効能効果を標ぼうしない限り医薬品と判断しない成分本質」に区分されているものにおいて、その効果について強い主張は行いにくいはずである。
しかし、これはグルコサミンに限らないことではあるが、以上の事実を逆手に取り、サプリメントとして広く流布されることを肯定するかのような主張がよく見られる。主にマスメディアを利用した宣伝戦略に顕著であり、こうした実態が一般市民に正しい知識を習得する機会を失わせる要因ともなっている。
グルコサミンに関していうと、Rottapharm/Madaus社製のグルコサミンを用いた研究では肯定的な効果が出て、それ以外の研究では出ないといったメタ分析の結果がこの問題を端的に表している。研究不正とまではいえず、事実、こうした研究も論文撤回などにはなっていないが、データの質の面から問題が指摘できる。
議論の歴史性 D(低~中)
社会への応用性 E(低)
変形性関節症の治療は薬物療法のほかに、非薬物療法や運動療法、ときに鍼などの代替療法が選択されることがある3。変形性関節症は機械的に進行する疾患であるため、疼痛間接に対する負荷を変えるか、関節保護組織の機能改善が目指されるのである。どれも画一的な治療法とはいえず、複数の治療を組み合わせて全体の改善を目指すのが一般的のようである。特に、薬物療法として用いられるNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)にはやや強い副作用が高確率で現れるため、服用で得られる効果と副作用とを十分に考える必要がある3。こうした意味で、グルコサミン摂取に期待する考え方にも一定の理解はできる。
しかし、再現性の項目にあるように、グルコサミン摂取による治療効果はないか、あったとしても非常に小さい効果である。「痛み」には自己の主観介入が避けられえないため、多少の心理的な作用は期待できるかもしれないが、変形性関節症の治療としてあえてグルコサミンを選択する理由はほとんどないだろう。
- 3: 反面、非ステロイド性抗炎症薬にはかなりの鎮痛効果があり、ほかの方法ではまったく改善がみられなかった患者が、劇的に痛みが軽減することがよくある(前掲書3)。
総評 疑似科学
メタ分析の結果から、グルコサミンによる変形性関節症への治療効果は期待できないと判断できる。痛みに関する一部のスコア改善はみられるものの一貫した結果ではなく、別の指標ではほぼ一貫して改善効果がみられていない。関節症への対策としてグルコサミンを摂取する意義はないだろう。
また、メタ分析の結果、出版バイアスの影響が強く疑われることが明らかとなっている。グルコサミン研究では一部の製品を用いた場合にのみ肯定的な結果が出る傾向にあり、データの信用性といった意味の問題も指摘できる。商品販売を前提化したうえでの研究成果といった問題の構図が見いだせる事例といえる。
参考文献/参考サイト
- 国立健康栄養研究所
- 整形外科治療専門情報サイト
- David T. Felson著/安田義、羽生忠正訳(2009)「変形性関節症」『ハリソン内科学第3版』メディカル・サイエンス・インターナショナル,2229-2237.
- 楊鴻生、松田泰彦他(2006)「変形性膝関節症における膝関節内注射による QOL評価」『臨床リウマチ』18,pp.175-180.
- 日本ペインクリニック学会「痛みの基礎知識」
- 日本医療機能評価機構「(旧版)変形性股関節症診療ガイドライン」
- 厚生労働省
- Crolle G, D'Este E. (1980). Glucosamine sulphate for the management of arthrosis: a controlled clinical investigation., Curr Med Res Opin., 7(2):104-109.
- 現代ビジネス(2018)「市場からグルコサミン関連のサプリが次々と消えているワケ」
- Eriksen P, et al. (2014). Risk of bias and brand explain the observed inconsistency in trials on glucosamine for symptomatic relief of osteoarthritis: a meta-analysis of placebo-controlled trials., Arthritis Care Res., 66(12):1844-55.
- Harrison-Munoz S, et al. (2017). Is glucosamine effective for osteoarthritis?, Medwave 17:e6867.
- Kongtharvonskul et al. (2015). Efficacy and safety of glucosamine, diacerein, and NSAIDs in osteoarthritis knee: a systematic review and network meta-analysis., European Journal of Medical Research., 20:24.
- Runhaar J, et al. (2017). Subgroup analyses of the effectiveness of oral glucosamine for knee and hip osteoarthritis: a systematic review and individual patient data meta-analysis from the OA trial bank., Ann Rheum Dis., 76:1862-1869.
- Singh JA, et al. (2015). Chondroitin for osteoarthritis., Cochrane Database Syst Rev., 28;1:CD005614.
- Wu D, et al. (2013). Efficacies of different preparations of glucosamine for the treatment of osteoarthritis: a meta-analysis of randomised, double-blind, placebo-controlled trials., Int J Clin Pract., 67(6):585-94.
- Zeng, C. et al. (2015). Effectiveness and safety of Glucosamine, chondroitin, the two in combination, or celecoxib in the treatment of osteoarthritis of the knee., Scientific Reports., 5, 16827.