話題の科学

マスクによる新型コロナ予防効果

本記事は「積極的にマスクをしない」ことを一切推奨しません。(2021.1.26一部改訂)

「マスクが新型コロナ“感染予防”に有効であるか」については、さまざまな議論が行われています。さまざまな感染症においてマスク着用は、明らかな症状のある感染者のせき・くしゃみなどによる飛沫拡散防止に高い効果をあげることが知られています。一方従来より、非感染者のマスク着用がインフルエンザなどの予防に効果的であるかには懐疑的な面があり、これまでの主要な研究のレビューでも効果があるとする研究(Chu, et al. 2020)とないとする研究(Chou, et al. 2020)が混在している状況です。マスクあり対マスクなしを比較したRCTに絞ると(Chou, et al. 2020)、有望な結果はほとんどないのが実態とさえいえます。

 マスク効果の研究についてはハムスターなどを使った比較実験(Chan, et al. 2020)やスパコンによるシミュレーション研究など(参考リンク:20200824tsubokura.pdf (riken.jp))で有効性が示唆されています。ヒトを対象とした研究では、マスク着用によって美容室内での感染が防がれた、とする症例研究などが米CDCから出されています。これらの研究は基本的には「ある限定的な実験空間において、すでに新型コロナに感染している感染者から出される飛沫を防ぐことによって、非感染者が新規に感染する可能性を低減させる」という理論に基づく研究成果といえます。

 一方当然ですが、これまでマスクによる新型コロナ予防効果、特に、広範囲な現実環境における非感染者の予防効果についてのRCT(ランダム化比較試験)は存在していませんでした。しかし2020年11月18日、(調べた限りでは)初めてこうしたRCT研究が出版されました。そこでこのページでは、当該RCTの解説およびこれまでのマスク着用による感染症予防効果の研究を簡単にまとめます。

 まず背景として、新型コロナに対するマスク効果の研究(主にRCTなどの介入研究)がどの程度行われているか、あるいは行われる予定があるかみていきましょう。以下の表1は、オックスフォード大学EBMセンターのHPから引用した、2020年7月23日時点において実施予定あるいは実施中の新型コロナに対するマスク効果の研究の一覧です(参考リンク:https://www.cebm.net/covid-19/masking-lack-of-evidence-with-politics/)。ヒトに対するRCTなどの介入研究ではこのように、データの信頼性を高めるために実施の前に実験プロトコルを事前登録することが推奨されています。なお、先のCEBMと同様の検索エンジンを利用して7月23日以降から11月24日時点までの登録研究を調査したところ、ほかに10件程度の研究が新規に登録されていました。

 少なくとも事前登録されているものを見る限り、非医療従事者・非感染者が公衆上で一般的なマスクを着用した際の新型コロナ予防効果を検証するRCTはそれほど多くないことがわかります。この表の中のデンマークの研究が11月18日出版されました。まずは当該研究の概要を簡単に解説します。研究の基本的概要は以下の通りです。



マスク

 表1 新型コロナに対するマスク効果の介入研究(CEBMウェブサイトより翻訳して引用)※同ページでは「Masking lack of evidence with politics」とのタイトルでマスクに関するこれまでの議論をまとめています。
調査主体実施国測定対象被験者数
(予定)
研究
id
マクマスター大学国の指定なし医療用マスクとN95の比較576人NCT04296643
デンマーク国立病院デンマークサージカルマスクとマスクなしの比較(後述)6000人NCT04337541
重慶医科大学中国全身麻酔後の成人外科患者の酸素飽和度に対する医療用マスクの着用効果151人ChiCTR2000032213
ルーヴァン・カトリック大学ベルギーマスク含む防護服(自作)の効果10人NCT04375774
クリーブランド・クリニック米国トレッドミル運動中の運動能力に対するN95と布製マスクの比較20人NCT04415879
ロイヤルメルボルン病院オーストラリア2種類のN95の比較80人ACTRN12620000688987
オクラホマ大学米国個人用防護具不測の際のN95効果20人NCT04416919
ユニヴェルシテール・ド・サン=テティエンヌ総合病院フランスARFCマスクの効果15人NCT04427176
バンディムヘルスプロジェクトギニア・ビサウ共和国地元で生産された布製マスクの効果66000人NCT04471766
研究①:Bundgaard, et al 2020

研究方法
研究デザインランダム化比較試験(盲検化なし)
実験条件
有効最終被験者数マスク群2392人 対照群2470人 マスク群は外出時マスク着用
平均年齢マスク群47.4歳(SD14) 対照群47.0歳(SD13)
被験者の職業運輸職員:マスク群617人 対照群625人 事務員:マスク群265人 対照群312人 在宅介護:マスク群197人 対照群229人 事務管理:マスク群111人 対照群108人 レジ係:マスク群101人 対照群96人 ショップ店員:マスク群108人 対照群85人 サービス従業員:マスク群107人 対照群104人 幼児ケアスタッフ:マスク群89人 対照群88人 営業担当者:マスク群37人 対照群47人 その他:マスク群650人 対照群673人
備考被験者の一日当たりの外出時間の中央値4.5時間(3時間以上の外出/一日当たり)
研究結果
新型コロナに感染した被験者数
マスク群42人 対照群53人
オッズ比:0.82,95%CI[0.54-1.23] p=0.33 Intention-To-Treat分析
正しくマスクが着用できていない群を除外
マスク群40人 対照群53人
オッズ比:0.84,95%CI[0.55-1.26] p=0.40
考察

  この研究では、広範囲な公衆環境において非感染者がマスクを着用するによる新型コロナに対する予防効果があるとはいえない結果でした。少なくともマクロな視点からは、非感染者による公衆環境における広範囲なマスク着用が、新型コロナの新規感染予防になっているとする根拠は薄いと思われます。かなり大きなサンプル数で検証している点、ある程度職業がばらついている点、一日当たりの最低外出時間を統制している点など、この結果には一定の信用性があると思われます。

  一方、この研究にはいくつかの限界もあります。一点目は、実験群に割り当てられた人が本当に正しくマスクを着用できているか、という問題です。この研究では介入後にマスクが正しく着用できていたかについても調査していますが、「正しくマスクを着用した人」はマスク群の46%であり、「主に正しく着用した人」は47%、「正しく着用できていないと推測される人」は7%であったようです。正しいマスク着用ができていなかったがゆえにマスクの効果がきちんと出なかった可能性は考えられます。ただし、明らかに正しい着用ができていないと思われる人を除外しても顕著な効果は得られなかったため、そうした影響の可能性はやや低いかもしれません。

  次の限界として、この研究ではマスク+手洗いなどによる相乗効果は検証できていません。マスク着用単独による効果は大きくなかったとしても、(同じように効果の小さい)他の介入を組み合わせることによって一定の効果が得られる可能性はあるかもしれません。

  さらに、この研究では外出時のみマスク着用が条件づけされており、自宅内でのマスク着用などは行われていません。そのため、同居者経由での感染などが考えられます。ただし、当該論文では同居者の有無などは明示されていないため、どの程度影響があったかは不明です。

  感染者数がそもそも少ないことも影響している可能性はあります。実験当時のデンマークは一日当たりの新規感染者(公表されているPCR陽性者)は非常に少なく(一日あたり100人程度)、公衆でのマスク着用率も5%以下であったようです。そのため、感染リスクが高まるとされる特定状況における効果を十分に拾えていない可能性はあるでしょう。加えて、前述のようにこの研究では感染者→非感染者という感染ルートの検証を行っているわけではないこと、「3密」などの限定空間における効果を検証しているわけではないことも研究の限界として挙げらえます。

  逆に、この実験結果が現実をある程度反映しているとすると、新型コロナにおける飛沫感染の割合は想定上よりも低い、マスク繊維の隙間や目などから感染する割合が高い(当該論文における眼鏡着用者の割合は40%ほど)、マスクを外さざるを得ないとき(飲食)に感染している、などの説明が考えられますが、いずれにしても現実社会の複雑さを示している結果と思われます。「非感染者のマスク着用」→「感染予防」といった単純な構図ではない、ということが浮き彫りになった結果といえます。

  その点でこの研究は、科学的な方法論におけるシミュレーション(≒理論的メカニズムによる想定)とエビデンスの間に広がる差異の大きさに関して一石を投じているともいえます。先述のように、マスク着用による新型コロナに対する感染防止効果についてはハムスターなどを使った比較実験やスパコンによるシミュレーション研究、ヒトを対象としたいくつかの研究で有効性が示唆されていますが、これらは基本的に限定的な実験環境にて行われており、実際の社会環境(人間の行動や習慣なども含む)の複雑さを反映しきれていない可能性があります。現時点では理論的には機能性が期待できるがデータによる検証が不十分な状況といえ、本サイトにおける科学性評定の10条件に照らし合わせると、「理論とデータの関係」という意味では低い評価にならざるを得ません。


 以上のように、臨床研究で有望な知見があるとはいえないものの、現時点で新型コロナに関する非感染者のマスク着用は、キャンペーンとして促すことによって社会的な衛生意識の高まりを狙ったり、「社会に協力的な構成員」であることのアピールの道具としての重要性は高いと考えられます。また、(新型コロナに限らず)せきやくしゃみ症状のある人のエチケットとしても重要です。一方、マスクの過大評価による弊害も見逃せないものになってしまっています。「マスク着用さえすれば新型コロナに感染しない」などの思い込みやマスクを絶対視・神聖視する姿勢、そしてそのカウンターとしての「マスク警察」「ウレタンマスク警察」などの単語をはじめ、この問題に関する激しい論争も続くものと予想されます。なお本記事は「積極的にマスクをしない」ことを一切推奨するものではなく、当該論文においてもその点は強調されていることをあらためて付記しておきます。

補足情報

図1 マスク効果のメタ分析
図1  https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.03.30.20047217v2より引用



 新型コロナ以外の感染症(たとえばインフルエンザ)に関するこれまでの主要な研究知見(メタ分析)を補足としてまとめます。まず上のメタ分析(査読前論文)では、これまでのRCTのデータを統合していますが、マスクとマスクなしで統計的に意味のあるリスク軽減効果は得られませんでした(RR0.93, 95%CI[0.83-1.05]図1)。

 一方、別の研究(Liang, et al. 2020)におけるメタ分析では、データの統合対象にcase-control研究やcohort研究も含めて分析しています。それによると、マスク着用にはインフルエンザなどの感染症リスクを軽減する一定の効果量があったとされています(OR0.35,95%CI[0.24-0.51]下図2)。ただし、case-controlなどの研究デザインはRCTに比べて因果推定が「弱く」、一般的に「リコールバイアス」などのいくつかのバイアス介在の可能性が懸念されます。

 そもそも、感染症予防効果に関するRCTが少なすぎることが大きな問題といえるかもしれません。この点についてはCEBMサイトでも指摘されていますが、過去の新型インフルエンザ流行時においてRCTデータの蓄積の必要性が説かれたものの、現時点までにおいて実施されているRCTはわずかのようです(Jefferson et al. 2011)。また先述のように、現状実施されたRCTではマスクによる感染症予防効果について有望な結果はほとんど出ていないようです。



図2 マスクのメタ分析2
図2 Liang, et al. 2020より引用

  1. H. Bundgaard (2020): Effectiveness of Adding a Mask Recommendation to Other Public Health Measures to Prevent SARS-CoV-2 Infection in Danish Mask WearersFREE A Randomized Controlled Trial, Annals of Internal Medicine.
  2. Chan,et al. (2020): Surgical Mask Partition Reduces the Risk of Noncontact Transmission in a Golden Syrian Hamster Model for Coronavirus Disease 2019 (COVID-19), Clinical Infectious Diseases, 71, 16, 2139–2149.
  3. Chu, et al. (2020): Physical distancing, face masks, and eye protection to prevent person-to-person transmission of SARS-CoV-2 and COVID-19: a systematic review and meta-analysis, Lancet, 395, 1973–1987.
  4. Chou, et al. (2020): Masks for Prevention of Respiratory Virus Infections, Including SARS-CoV-2, in Health Care and Community Settings A Living Rapid Review, Annals of Internal Medicine REVIEW.
  5. Jefferson et al. (2011): Physical interventions to interrupt or reduce the spread of respiratory viruses (Review), Cochrane Database of Systematic Reviews, CD006207.
  6. M. Liang, et al. (2020): Efficacy of face mask in preventing respiratory virus transmission: A systematic review and meta-analysis, Travel Medicine and Infectious Disease

最終更新日: 2021年01月26日